
前々回の日記に「いつも独りぼっちなので写真も撮れない」と書いたら、代理店S社のW氏が浅草散策に誘ってくれた。
実は陽の長い夏の夕方、仕事帰りに出向くプランだったが、なかなか実現せず、いざ決行となったら、すでに秋。W氏と待ち合わせて地下鉄で浅草に着くと、6時半前というのに外は真っ暗。黄昏の街をしみじみ歩きたかったのだが、残念。
←大提灯の下にいる二枚目は私さ
浅草は10年振り。興行組合の旅行で日光へ行った際、東武電車の始発駅のある浅草松屋が集合場所だったので、早めに着いてブラブラ歩いて以来。それ以前は20代の頃、この地で1年くらい会社勤めをしていた。そのことは後で触れる。
浅草に着いて、さっそく並木藪蕎麦で腹ごしらえ。〈もりそば〉と〈天麩羅盛り合わせ〉、そして樽酒を少々。満腹しては歩けないので、ちょっと控えめに。店を出てから気がついたのだが、
そばと天麩羅の写真を撮り忘れた━━━!!!

それから有名な神谷バーで、〈デンキブラン〉をいただく。W氏には俗っぽ過ぎて、ご興味がない様子。私はミーハーなので、無理に誘った。噂に聞いていたが、お味はハッキリいって「マズイ!」の一言。
店を出て、公衆トイレに入ったW氏を待って、吾妻橋の欄干にもたれて川面を眺め、夜風に吹かれた。橋は妙な色に塗られて、すっかり観光地化しており、興ざめ。
浅草で働いていた頃、休憩時間の都度、この橋の上で物思いに耽った。別に身投げしようとか思いつめていたわけではない。ドストエフスキーの『白夜』という小説が好きで、この吾妻橋を舞台に映画へ翻案できないかと、橋の上で日々構想を練っていた。あるいは小説のように、悲しみに沈んだ可憐な女性と橋の上で出会うことを夢見ていたのかもしれない。『白夜』にはヴィスコンティやブレッソンの名作がある。残念ながらわが国での映画化はまだ。誰かチャレンジしてくれないものか。
その後、しばし散策。相変わらず浅草は夜が早い。まだ8時前なのに、どこもかしこも店仕舞い。私が働いていた当時の印象もゴーストタウン。特に冬の浅草は侘しくも灰色の世界。わずな彩りと言えば、六区の通りのあちらこちらで行われている石油缶に木片を放り込んでの焚き火。その仄かな橙色を囲んで幽霊のような客引きの男達がいつもたむろしていた。色彩のなさは、街を闊歩する若い女性達の姿が他のどの街よりも少ないせいかもしれない。雨の日になると、仕事にあぶれた山谷の労働者が濡れるのもかまわず、必ずどこかの道端で酔いつぶれていた。私にとって浅草イコール敗残の街。
そんな印象は当時の私の境遇から来たのかもしれない。20代前半だった私は、インディーズの映画会社で映画化できそうな小説を読まされ、プロット(あらすじ)に書き直す仕事でわずかばかりの収入を得ていた。シナリオの仕事なんてどこにもない。キャリアを日活でスタートさせたのは失敗だったと思い始めていた。ロマンポルノは斜陽。アニメ業界の潜り込んだ方がまだ書く場はあったのかもしれないが、アニメ特有の「向日性」は私には無縁だった。末枯れた情景、男と女のいる閉めきった部屋の饐えた匂いに拘っていた。
どういう経緯だったのか、浅草で働くことになる直前、新城卓監督から電話をいただいた。井上梅次監督が東宝で映画を撮ることになり、シナリオ執筆の助っ人を探しているから、すぐ行けとのこと。私は成城の東宝撮影所に駆けつけた。チャンス到来! 天下の東宝でシナリオの共作者として万が一クレジットされることにでもなれば、大した実績だ!
だが、その企画自体がすでにポシャっていたらしく、面会を求めた企画室長だか何だかの肩書きのお方は、私が何も知らずに来たことに呆れていた。どうも話が行き違っていたようだ。その帰り道、私は絶望のあまり、駅で求人誌を買い求めた。
そこには浅草演芸ホールと浅草フランス座を経営する老舗の興行会社が事務員を募集している旨の記載があった。さっそく面接に行ったら、階段にまで求職者が列をなしていた。半分あきらめていたら、何のことはない、あっさり採用。理由は私が作家志望だったから。前任者はタップダンスの上手な芸人志望。芸人では渥美清や萩本欽一ら、作家では井上ひさしらを輩出した会社だけあって、その卵を採るのが伝統らしい。北野武がここでエレベーターボーイをしていたことも知られている。まあ、私が勤めた頃は、在りし日の華やかな面影はどこにもなかったが。
話は浅草散策に戻る。その後、三軒目の店へ。トンカツと日本酒で「小津安二郎しよう!」ということになり、トンカツが美味いという店にW氏が電話を入れるが、まもなく閉店時間とのこと。しかたなく天丼が美味い店に変更。店の名前は・・・ウーム、忘れた!!!

いろいろ食べてお酒を呑み、〆に海老や穴子が豪勢にのった天丼を食べた。ちっとも脂っこくなくてスルスル胃に収まった。すっかり酔っ払っていたらしく、つまみ類の写真は撮ったのだが、
肝心の主役・天丼様の写真を撮り忘れた━━━!!!
それにしても、この店に入って2時間あまり、我々を除くと客はゼロのまま。あんなに天丼が美味しかったのに。浅草の活気のなさは、私が働いていた当時とちっとも変わっていない。
その後、W氏に田原町の駅まで送ってもらって帰途へ。W氏はここから自宅まで10分、私は2時間・・・。
そうそう、田原町の駅には想い出が。ある時、親しくなった踊り子のお姐さんが「一緒に帰りましょ」と誘ってくれた。劇場を一緒に出るのはまずいので、駅のホームで待ち合わせた。私よりチョイ年上の華奢で可憐な妖精のような女性で、私はこれから繰り広げら れるであろう甘美な時に思いを馳せ、心ときめいていた。
だが、ホームに現れて私に笑いかけたのは、まったくの別人。正確に書けばご本人なのだが、舞台用の化粧顔と素顔との落差は数億光年にも及んだ。
地下鉄の中で何を話したのだろう? 憶えていることと言えば、女性はバケモノならぬバケルモノだという衝撃だけ。当然、その夜は何ひとつロマンポルノの題材は生まれ得なかった。それにしても、女性のスッピン顔くらいで動揺するとは・・・。
振り返れば、不器用で純情な青春だった。
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