金色の小鳥
前回、ひどく写りの悪いキム・レウォンの画像を掲載したら、いきなりアクセス数が跳ね上がった。半日で400件を超過。この数字が多いのかどうかは、よくわからない。だだ、いつもは一日70~100件程度。このブログにはアクセス解析の機能が付いていて、それを見ると、どれも「韓流」関連のサイトから入ってきている。常連さんだけで成り立っている寂れた〈迷店〉に、何十台もの観光バスが横付けしてきたみたいで、戸惑ってしまう。韓流スターのファンの皆様の期待に応えられる情報を、今後は提供できそうもない。話題を変えたいのだが、私の身辺には取り立てて何も起こらない。空虚な日々が虚しく過ぎてゆき、いつの間にか口に放り込まれた〈孤独〉という名の苦いキャンディを、舌の上で早く溶かしてしまいたくて焦れるばかりだ。
今日は勤めが休み。だが、太陽は雲に隠され、一日は哀しいままに暮れてしまいそうだった。終日、本を読んで、時間をやり過ごすつもりでいたが、午後遅くになって陽光が差した。どこへも行くあてはなかったが、電車に乗ってみた。寂しい時は電車で本を読む。人いきれに包まれると、不思議と心が和んでくる。
立川で下車して、昭和記念公園まで歩いた。黄葉した銀杏並木を見たくなった。私は美しく黄葉した銀杏が好きだ。子供の頃に暮らしていた団地の部屋の窓から、銀杏の木が見えた。毎年、この季節になると、金色の小鳥の群れが飛び立つように葉を舞い散らせた。その銀杏も住んでいた団地も、今では跡形もなく消えてしまっている。
4時を回っていた。公園は早々と門を閉ざしていて、入ることができなかった。鉄柵越しに園内をのぞくと、銀杏並木はすでに散り尽くし、裸の枝々が橙色の空に幾何学模様を描いていた。道のそこここに落ちた葉が踏みしだかれていて、それらは金色の小鳥の無残な死骸を思わせた。
傾いた陽射しの中、長く伸びた自分の影を引きずって、私は来た道を辿った。公園の外にも樹々が多く、いたるところにベンチが置かれ、憩えるようになっていた。とはいえ、凍えきった12月の夕暮れだ。誰もいない。そう、歩いているのは私独りだった。
夕陽の逆光に、動物の群れが浮かんでいた。初めは目の錯覚かと思った。近づいてみると、木で作った象やキリンや羊の群れだった。私はしばらく佇み、飽かずに眺めた。泣きながら蟹と戯れた石川啄木は、こんな気持ちだったのかもしれない。
帰途、居酒屋でコップ酒を傾けた。とうに忘れていた楽しい想い出がいくつも甦ってきて、少しだけ心が軽くなった。勤め帰りのサラリーマン達やカップルが続々と入ってきて、急に店は賑やかに浮き立った。私は逃げるように席を譲ると、暗い夜道へ歩み出た。




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