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東京ドームシティ アトラクションズのビッグ・オーで、今週末公開の『B型の彼氏』のイベントがあった。カタカナばかりの会場名なので、どんな最新鋭遊戯施設かと思ったら、何のことはない、懐かしの後楽園遊園地の観覧車。中央線沿線育ちなら、誰もが一度は訪れたことがある場所。『ウルトラQ』で、あのケムール人に破壊されたのは、この観覧車とのこと。
現地を訪れる前に神保町へ寄り道して、久々にキッチン南海でランチ。ずっと前から気になっていた〈チキンカツ・しょうが焼盛り合わせライス〉700円也を食べてみた。期待どおりのボリューム。大きくてサクサクのカツ。しょうが焼きもオマケの域を超えた量。さらにスパゲッティのサラダと山盛りの千切りキャベツまで付く。完食したかったが、ライスを半分残してしまった。周囲を見回すと、どの客もパクパクモリモリ食べている。私より肥えていて、体格も血色も良い連中ばかり。何だか場違いなところに来てしまったような、疎外された気分で店を出た。映画館勤めという、雲や霞を食らうような暮らしぶりを長く続けているおかげで、すっかり胃も心も縮み上がってしまったらしい。
コックさん達の仕事ぶりを見ているだけで、おなかいっぱいに↑
それから遊園地までテクテク歩いた。15分くらいの道のり。体中が「キッチン南海臭い」。食事の間、壁にコートを掛けていたせいで、すっかり調理の臭気が沁み込んでしまった。それを振り散らすように歩く。
途中、軒を並べた古本屋を回遊したい誘惑こそ断ち切ったが、それでも店頭の均一本の棚にあった『怪獣玩具の冒険』と新刊書店に平積みになった雑誌『荷風!~特集神田神保町、御茶ノ水の究極~』を目ざとく見つけて購入(キッチン南海の記事も載っていた)。ついでに雑貨屋で鉄腕アトム3D財布なるものまで買ってしまった。こんな取るに足らないものものでも、眺めていると不思議に心が和む。いじけた気持ちも、たちまち元どおりに。
↑カルタの文字柄が角度を変えると、あらら、絵にチェンジ!
ええと、何の話だっけ? そう、今回のイベントは、私でさえ知っている超人気タレントレイザーラモンHG氏がB型男の代表として登場。観覧車の下で、A型女性50人と一緒にお得意の「フォ~!」のポーズで決めつつ、映画の宣伝を繰り広げてくださいました。それについては、休日返上でイベントを取材したスタッフTが〈うらクイント〉にUPの予定。彼女の仕事を横取りするのも何なので、ここには詳しく書きません。近日中に掲載されますので、お楽しみに! ⇒UPしました♪
ご自慢の股間にも、しっかりと『B型の彼氏』のプレートが↑
↑場内後方からズームのない携帯電話のカメラで撮ったもので…
『立喰師列伝』の完成披露試写会の模様について、〈うらクイント〉へ近日中にUPすると書いておきながら、なかなか進んでいないみたいなので、ひとまずここに掲載。
でも、詳細はやっぱり〈うらクイント〉をお待ち下さいね。あくまで、その場しのぎのつもり。⇒やっとUPしました・・・
その壇上でProduction I.G の石川代表が、試写で初めて観た際に気絶してしまったと語っていらした。高校生の時、ゴダールの映画を観て以来とのこと。業界用語で「気絶」は「眠る」と同義だが、この場合は感動のあまり、文字どおり意識を失ってしまったと解釈して間違いないと思うのだが・・・。
この発言に対して、監督以下、MCの女性も含めて、どなたも突っ込んでくれなかったことが残念。私の場合は業界的な意味合いで少々「気絶」したが、プロデューサーまでそうなったとしたら、何ら恥じることはない・・・?
朝8時。ホームタウン青梅にうっすら降り始めた雪を、ベランダから撮影。
ついに東京にも来るものが来た、という感じ。子供の頃はあんなに嬉しかったのに、今は苦痛以外の何ものでもない。寒いし、歩きづらいし、電車は遅れるし。
今日の午後からは来週公開の『B型の彼氏』の前売券販売キャンペーンを、渋谷パルコ店頭で行う。このときだけの特典で、主演のイ・ドンゴン氏のサイン入り生写真が付く。
都心は青梅ほど積もらないだろうが、どうなることやら・・・。
FS汐留ホールからの眺望。今夜、『立喰師列伝』の完成披露試写会がここで行われた。
向かいのビルの窓には、人がウジャウジャ。このホールは当館上映作品の試写会でもよく使われるが、通路のガラスの向こうは、つい先日まで殺風景な造成地だったような気がする。その時、「何が建つんでしょうなあ」と言った調子で、一緒に並んで眺めた配給会社のご担当の顔を思い出した。もう5年以上前の映画に関わっていた方で、すでに業界にはいない。時の経つのは早いものだ。
子供の頃、ビルの窓と窓を糸電話でつないで話をしてみたかった。夜景を見ながら、そんなことまで思い出した。今でもチャンスがあったら実行してみたいのだが、物理的にも難しいだろうし、糸電話の相手になってくれるヒマ人を探すのも大変。
ちなみにその他の子供の頃の夢は、「死なない身体になる」「空飛ぶ透明人間になる(飛んでないと車に轢かれるし)」。現在の夢は「すっぽん鍋を食べたい」「あわびのステーキを食べたい」「金目鯛のしゃぶしゃぶを食べたい」といった、より実現可能?なものに落ち着いている。
まあ、それはともかく、近日中にこの試写会の舞台挨拶の模様を〈うらクイント〉にUPするので、お楽しみに。⇒やっとUPしました・・・
5月ロードショーの『嫌われ松子の一生』だが、関係者だけの上映会があった。もっとも、まだ完成しておらず、途中段階でのDVD上映。中島哲也監督は年末に『キング・コング』を観て、その最先端のCGテクニックに刺激され、さらなるバージョンアップに心血を注がれているとのこと。
『嫌われ松子の一生』というタイトルとCGは結びつかないかもしれない。原作も不幸で不器用な女性の波乱万丈の一代記といった趣だが、監督ご本人のシナリオを読んで吃驚。原作のプロットはそのままだが、「よくぞここまで!」と言えるくらい、夢とファンタジー溢れる世界に激変していた。
40%の仕上がりという先日の上映でも、主人公が教師からソープ嬢、刑務所暮らしを経て悲惨な死を遂げるまでの転落人生が、華麗なCGとアニメ、さらに歌でつないでゆくという、原作からは思いも及ばぬ大技を駆使して描かれており、そのめくるめく映像と心ときめく歌声の饗応に、観ている間は息をつく暇もないほど。そして最後は文字どおり「天に昇る」ような感動で締めくくられるという、圧倒的な2時間だった。会議室の小さな画面で観たのだが、それでも「映画の醍醐味」を十二分に堪能。おなかがいっぱいになった。完成したら、とてつもないことになるのではないか。
ところで先日の上映は、当然ながら映画館や試写室より音量が小さめ。一緒に観ている人達の笑ったり、泣いたりという生理的な反応がダイレクトに伝わってくる。特に私の前で観ていた女性スタッフT。映画を観ながら、よく泣くという話は聞いていたが、この日も随所で鼻をグズグズ。終盤になるにつれ、グズグズ音も盛大に。そのうち床に突っ伏して泣き崩れるのではとドキドキしたが、そこまで至らず、ガッカリ。そのかわり私までラストシーンでは涙が溢れ、エンドクレジットがよく見えなかった。体をモゾモゾ動したり、頭をボリボリ掻いたりして誤魔化したが、バレなかっただろうか?
使用前↓ 使用後↓
4月ロードショーの『立喰師列伝』がようやく完成。その初号試写に行く。
映画の感想はと言うと、一度観たくらいでは難しすぎてわからない。そのタイトルから想像して、三食を駅の立ち食いスタンドですませる名もなく貧しく汚らしい人々の物語と思い込んでいた私が悪い。もっと高邁で哲学的かつ硬派な内容。押井守監督の作品に馴染んでいれば、スーと頭に入るのだろう。映画にあったように、駅のあじさい茶屋で〈きつね&コロッケ〉をトッピングした蕎麦でも立ち食いしてから、もう一度観直すつもり。
ずっと前の日記でも書いたが、押井監督の話は少々聴き取りにくい。試写に先立って挨拶された監督の顔を観察していたら、お口が小さめ。奔流のように言葉が溢れ出てくるのに、肝心の蛇口が小さすぎるとも言い替えられる。映画を観終わった後、その口元を思い出してしまった次第。ご本人も作品も静聴を要するという意味合いだが。何だかタルコフスキーや初期のレネみたい。
明日14日から当館で前売券が発売に。この映画のキャラ満載の特製マウスパッド付き。数に限りがあるので、早めにお求めを。
これがマウスパッドさ↑
年賀状をいっぱい頂戴した。
私ごときにお気遣いくださいまして、ありがとうございました。
じ、じ、実を言いますと、私は書いておりません。「年賀状は届いたら出す」をモットーに、これまで生きておりましたが、ぼやぼやしているうちに、アワワ、もう1月も半ば! 今さら出したら、マヌケの上塗りのような気がしますので、
今年もよろしくお願いいたします
と、ここに大書きして、す、す、済まさせていただきます。
来年からは、宛名をスタッフTと連名にしていただくと、あら不思議、必ずこちらからの年賀状も届きます。彼女は律儀者ですから。
最大の問題は、会社と自宅に届く枚数の格差。自宅には、たったの1枚。ずっと昔の日記にも書いたが、師と仰ぐ小説家の先生からのものだけ。もちろん、私も年末に投函。1枚だけだし。いかに暗く、侘しく、空虚で孤独な私生活を送っているかがわかるでしょう・・・。
ところで、「春か夏に、またヤリますか!」と書いていただいたN社のK様。絶対にヤリまくりましょうね! 女性限定ロマンポルノのオールナイト!
↑話は変わって、女優・蜷川有紀様からの年賀状。さすが芸術一家の方だけあって、とってもアートしてます(見せびらかしているうちに紛失した。拾った人、返して!)
「ひとりごはん」の楽しみは、周囲の会話。まあ、ぽつねんと料理を待つ間は、他の客の話し声に耳を傾けるか、本を読むくらいしかすることはないのだが。
先日、渋谷センター街の中華料理店のカウンターで夕飯を食べていた。背後のテーブルでは、中年男4人組が餃子やメンマをつまみに、ビールの中瓶で酒盛りの真っ最中。職業は定かではないが、全員がジャンパーを着ているところから推測すると、いわゆるブルーカラーに属する人達らしい。「一生、あんたについてゆきます!」「死ぬ気で働く!」「飲み過ぎて翌日休むなんてことは、二度としない!」等々のセリフが飛び交い、大いに盛り上がっていた。
その隣のテーブルには、スーツ姿の中年男3人組。この場にいない上司か同僚の誰かを肴に、やはりビールを飲みながら、同じくらい盛り上がっていた。
スーツチームの連中が、ジャンパーチームから発せられた「死ぬ気で働く!」のセリフにビビッドな反応を示し、2チームは合流。「そうだ。死ぬ気で働こう!」ふたつのテーブルの男達は意気投合し、ビールを酌み交わし始めた。
そのうち、興に乗ったジャンパーチームの男一人が、カウンターにいる客全員の勤労意欲の調査を開始すべく立ち上がった。
「皆さん、今年こそ死ぬ気で働こう、ねっ、ねっ?!」酔っ払った男は、カウンターの一人一人に聞いて回った。他の男達は、「オイオイ、やめとけよ」と言いつつも、連帯の和を広げることに楽しみを見出している様子。正月気分の無礼講のつもりか。
その時、カウンターにいたのは私を含めて男が3人。20代、30代、そして40代の私だ。20代の青年は、気のない調子で「死ぬ気で働きます・・・」と適当にあしらった。次の30代の男も、苦笑いしつつ「頑張って働きますよ」とかわした。
いよいよ、私の聞かれる番が到来。こういう場合、「死んだら働けません」とストレートに切り返すと、からまれる場合がある。そうかといって、「そうですね」とそっけなく返しても同様の事態を招く恐れが。やはりオウム返しに「死ぬ気で働きましょう!」と応えるのが正解。さあ、どこからでもかかっておいで!
だが、男は私に話しかけなかった。隣にいた30代の男の回答に満足すると、私に一瞥もくれることなく、席へ戻った。
これはどう解釈したらよいのだろう? テーブルの男達と私は、同じ40代の中年オヤジ。同等に世の辛酸と苦汁を舐めさせられている立場だ。本来なら、「こっちで一緒に飲もう!」と誘われてもおかしくはない。「代わりにレイトショーに立ち会ってあげる。君はゆっくりしていきなさい」と言ってくれてもいいはずだ。しかし、男は私を無視した。仲間と見なしてくれなかったのだ。
店を出て職場に戻る道すがら、原因を考えた。かた焼きそばを食べていたのが悪かったのだろうか? 人をSとMに分類するなら、太い針金を口に含んだみたいな食感のかた焼きそばこそMの御用達。しかも、この年末年始にかけて3回も食べてしまった。特に好物というわけでもないが、野菜を摂らないと病気で死ぬという強迫観念から、駅のスタンドの春菊天そば、または中華料理店のタンメン、レバニラ、中華丼の類をチョイスすることが多い。最近、かた焼きそばというレトロテイストかつ、あんかけになった野菜まで豊富に摂取できる一品を出す店が少ないので、貧乏性の私はメニューにあるとついつい注文してしまう。そんな私を重度のM野郎と誤解したのだろうか?
それとも、私が映画館の“詩配人”という、世間から遊離しまくった職業に従事していることを見抜かれたのだろうか? かた焼きそばが運ばれてくるまで、『イスとイヌの見分け方』という本を読んでいた。「イヌは散歩する。イスは散歩しない」「イヌはイスの上に乗るが、イスはイヌの上に乗らない」と論考している書物だ。おそらく「死ぬ気で働く!」男だったら、絶対に読むまい。そんな私は、男にとって連帯の和に加えたくないタイプだったのか? いけ好かない奴だったのか?
もしかしたら、私がまったく目立たぬ存在で、空気中の雑菌や水中のプランクトンと同じく、男の目には留まらなかったのかもしれない。そうだとしたら、あまりにも淋し過ぎる。
この出来事は、孤独だった中学生時代を想起させた。私は立川市内にある、暴力の嵐が吹き荒れていることで悪名高かった某公立中学に通っていた(卒業生に、その凄まじい荒廃ぶりを文章にして売り出したゲッツ板谷がいる)。それでも、私は中学校の3年間、当時ブームになっていた劇画『愛と誠』に登場したメガネ男子の名前にちなんで岩清水とあだ名されながら、暴力の被害を被ることも、不純異性交遊をエンジョイすることも、劇画の岩清水本人のように「君のためなら死ねる!」という名ゼリフを発する機会もなく、つまり存在さえ認知されずに、校内の図書室だけを拠り所にして、淋しく過ごしてきたのだった。
うう、振り返りたくない過去を書いてしまった。いずれにせよ、今回の一件で私は深く傷ついた。四十も半ばになると、おいそれとは傷つかないはずだった。そうあろうと努めてもきた。でも、本当は違う。親からはぐれて泣きじゃくる迷子のように、幾つになっても世のつれなさには無防備のままだ。
このつらい出来事を、取り乱すことなく冷徹に記述できるまで、数日の時間を要した。喜ばしいことを誰かに伝えたくて、急かされるみたいに書いている時が、私にとって一番の幸せな時間。今年はそんな出来事が、酔っ払いに無視されなかった程度のことでもいいから、いっぱいいっぱい私の元へ訪れますように!
暮れてゆく2005年↑
大晦日だが、いつもの休日と同じ。こたつで本を読み、みかんを食べ、本を読む。来年に持ち越したくなくて、猛然と読む。
元旦は天気が悪く、初日の出を拝めないらしい。悔しいのでベランダに出て、2005年最後の日没を見ながら感傷に浸る。それから蕎麦を食べに行き、帰ってから古いレコードをずっと聴いた。
川向こうに、簡易保険の保養センターがある。そこの温泉にでも行くつもりだったが、面倒臭くなってやめた。寒いし、川沿いは暗くて恐いし。
それでも駅近くの寺まで、除夜の鐘をつきに行く。テレビで曙の負けっぷりを堪能してから、ゆっくり出かけた。この寺は来た人全員に、鐘をつかせてくれる。当然、百八つを超える。おととしに訪れた際は、二百幾つ目。太っ腹な寺だ。
年が変わる15分前に到着したのに、58番の札をもらえた。今年は集まりが悪い。寺の人が「K‐1も終わったので、これからドッと来ると思います。今しばらくお待ちください」とマイクで言っていた。曙が負けないと一年が終わらないと思っているのは、私だけではないみたい。
甘酒とけんちん汁が振舞われた。順番が来るまで、ドラム缶の焚き火で暖をとりながら、二つとも飲んだ。鐘をつき終わって帰ろうとしたら、寺の人からシクラメンの鉢を渡された。至れり尽くせりだ。
帰り道、白いシクラメンの花に顔を寄せてみた。有名な歌謡曲の歌詞と違って、何の匂いもしなかった。

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