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2007-04-19

エル・スール

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渋谷の興行組合の旅行で、各劇場の支配人やスタッフの皆様と福岡へ。

過去にも組合の旅行ではあちこち連れて行ってもらったが、九州は初めて。コースに柳川の舟めぐりが含まれていたのが、個人的にそそられたところ。

堀割が張りめぐらされた水の都・柳川は、福永武彦の小説『廃市』や大林宣彦監督によるその映画化作品で親しんでいた。機会と金銭的余裕があれば、一度は訪れてみたかった憧れの地。しかし、いざ実現したら、舟で縫っていったのはリアルな生活圏。小説や映画で想い描いた浪漫チックなイメージとの相当な落差が感じられ、少々ガッカリ。

それでも1時間強かけて4キロの水路をのんびり漂うのはオツなもの。私が乗った舟の船頭さんは、二十歳のイケメン青年。かなりのご老体に見受けられた他の船頭さんに比べて、味わいの点でいかがなものかと思ったが、なかなかどうして、かなりのエンターテイナー。巧みな話術と歌唱力、さらに個性を競い合う数々の船頭の中で彼だけしかなし得ないというダイナミックなアクション(橋下を舟が潜り抜ける際、竿を放擲して橋上へ飛び移り、絶妙なタイミングで通過した舟に飛び乗った!)で、我々を大いに沸かしてくれた。

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KABA.ちゃん似の青年船頭の指導で、巧みに舟を操るスタッフT↑

ふと私の脳裏をかすめたのは、「このまま蒸発して、ここで船頭として暮らすのも良いかもしれない・・・」ということだった。聞けば定年を迎え、再就職先としてこの仕事を選ぶケースも多いとのこと。2ヶ月で研修期間を終え、3年で一人前らしい。体力並びに運動神経ゼロの私にも勤まるかもしれない。

同行のスタッフTは私の心の揺れを敏感に察知したらしく、「まず人前で歌えなければならないし、話もできないと」と言う。でもね、綿密に台本さえ組み立てておけば、1時間強くらい私だって場を持たせられるのでは? 遠くないであろう第二の人生に備え、前向きに「船頭生活」を考えてゆこう。

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ホテルに着いて夕食を終え、恵比寿ガーデンシネマ、シネセゾン渋谷、ル・シネマ、シアターN、シネマライズ、QAXシネマ(順不同)の支配人・スタッフの皆様と那珂川沿いの屋台へ。おでんに串焼き、とんこつラーメンを食べた。この地ならではの体験だろう。団体行動は苦手なタチだが、とっても楽しい夜だった。

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まもなく公開の『プルコギ』のポスターも↑

翌朝は一人で那珂川沿いを散策。福岡は大都会で、東京と同じく殺風景なビルばかり。さっぱり風情は感じられなかったが、違いは街の真ん中に大きな川が流れているところ。生憎の雨でかなり寒かったが、灰色の川面には、屋台が立ち並んだ夜の情景とは別のうら淋しい趣があった。前夜に食べ過ぎたせいで空腹を覚えず、川沿いの公園内にあった市立美術館のカフェテラスで朝食代わりにコーヒーを飲む。

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その後、皆と合流して、キャナルシティ博多内のユナイテッド・シネマ、シネテリエ天神を視察。シネテリエ天神のS支配人は、このブログをご存知でした。やはり東京の情報収集に不熱心では、商売が成り立たないのであろう。もっとも目の前に現れた書き手と日記が一致いないようで、「あれって誰が書いているの? え、あなた?」と言われたが(何故か本人と文章のギャップをよく指摘される)。

それから帰りの飛行機まで時間があったので、博多駅周辺で単独行動。あてもなく歩いた。冷たい雨はやむ気配がなく、歯の根が合わぬくらい寒い。まったくと言っていいほど人通りのない街を彷徨っていると、ここは春の南国ではなく、以前に同じく組合の旅行で出向いた札幌辺りに来ている錯覚に陥った。

2007-04-09

花と禿

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東京の桜もあらかた散ってしまったのだろう。今年は桜見物には熱心ではなかった。数ヶ月前の通勤途中、ぼんやりと電車の窓から外を眺めていたら、幼い頃から長く住んでいた団地(取り壊されて別の建物になっているが)に隣接しているJRの変電所の敷地内の桜の木が消えていた。ずっと馴染んできた桜だったので、自分の一部が切り倒された気がした。桜なんか二度と見るまいと思った。

それでも先日、気まぐれに桜並木を散策した。身過ぎ世過ぎの憂さ晴らしに落語でも聴いてやろうと、下北沢の小劇場でやっていた春風亭昇太の独演会に行った。電車での帰途、「本日に限り、井の頭公園駅に臨時停車する」というアナウンスが流れたので、思い立って降りてみた。井の頭線の急行電車はこの駅に停まらない。花見客への特別措置なのだろう。

その際、某有名脚本家も一緒に下車した。途中駅から女性同伴(奥様?)で乗ってきて、シルバーシートへ腰掛けたのに気づいた。もちろん私とは一面識もない。かつては売出し中の脚本家として私の崇拝の対象であった氏もいつの間にか還暦を過ぎ、堂々とシルバーシートへ座われる年齢になっていた。

公園は凄い人出で、歩こうにも先へ進めない状態。風情もあったものではない。気がつくと某脚本家御一行の後ろに従う形になっていた。買ったばかりの下北名物アンゼリカのカレーパンの冷めきったのを齧りつつ、桜と薄くなった氏の後頭部を交互に眺めながら歩いた。

私が氏と遭遇したのは、これで四度目。最初は20年以上も昔、国立駅近くの書店で。立ったまま本の頁を捲る氏の白皙の横顔を、憧れの目で見つめたことを思い出す。次は氏の初監督作の公開直後、主演女優を伴ってパルコ劇場の芝居を観に現れた際。三度目はシネクイントのお客として。

昔、私が脚本家志望の若者としてプロット書きのアルバイトをしながら、あちこちの制作会社に出入りしていた頃、多忙になり始めた氏のアシスタント要員として私の名前と連絡先を伝えてあると某社の企画部員に言われたことがあった。胸がときめいた。今もって徒弟制度が存続している世界だ。やはり助手から共作者、その後一本立ちした氏のように、私だってチャンスを掴めるかもしれなかった。

だが、氏から電話はなかった。「連絡先を伝えてある」という言葉自体が嘘だったのかもしれない。当時、私は浴びるほど嘘をつかれていた。そんな業界だった。

人波に紛れ、不意に氏を見失ってしまった。カップルとすれ違い様、女のハイヒールにしたたかに踏まれて痛む足を引きずりながら、桜吹雪の舞い散る中、薄くなった氏の後頭部を追い求めた。その抜け落ちてしまった髪の毛のように、私はいつしか華やかな喧騒から夕闇に弾き出され、若かった日々と同じく独りぼっちで果てもなく彷徨い続けた。

2007-04-06

自虐の詩人

今秋公開の『自虐の詩』の0号試写が調布であった。終了後、原作者の漫画家業田良家氏とT書房の皆様とで串焼き屋へ。

漫画家の先生と同席するのは初めて。とてつもなく緊張したが、業田先生は穏やかなジェントルマンで、スタッフTの原作本へのサインのお願いにも気さくに応じていただけた。

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  ↑私は業田先生と差し向かいだった!

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↑描く先生!

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↑完成! ああ、感激!

映画も原作同様に笑えて泣けて、新感覚の人情劇とも言える仕上がり。乞うご期待!

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