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2008-07-10

ドリーマーズ

スタッフが『世界一の映画館と日本一のフランス料理店を山形県酒田につくった男はなぜ忘れ去られたのか(講談社刊)という長いタイトルの本を貸してくれた。お金は貸すのも借りるのもつらいが、本の貸し借りは好むところ。職場たる映画館を題材にした本はなおさら。嬉しかったので当欄に書いてみた。

この本を知ったのは、ちょっと前の新聞の書評。さっそくホームタウン青梅の図書館のサイトを検索したら貸し出し中で、それっきり忘れていたもの。書評の印象から、バリバリかつゴリゴリの地方実業家の一代記と思い込んでいたが、読んでみたら大間違い。酒田の町の伝説の男、佐藤久一は周囲に対して「透明な膜」を身にまとった、繊細で夢みるような長身白皙のメガネ美男。二十歳の誕生日に家業の映画館の支配人となった久一は、時代を先取りした発想を続々と生み出し、夢の城造りに邁進してゆく。

その発想力の凄さは、役場にも銀行にも冷房設備のない昭和20年代に、井戸の冷気を天井裏に汲み上げ、送風機でシャワーのように場内に流したことからもわかる。館内の快適さを徹底的に追求する姿勢は「今日のシネマコンプレックスの魁」で、かの映画評論家の淀川長冶まで、地方都市酒田にある久一の映画館こそ「世界一」だと太鼓判を押した。

ここまでなら「フーン、エラい人ね」で終わってしまうが、佐藤久一の生涯が一巻の物語となる所以は、客として訪れた美女と恋に落ち、手塩にかけた映画館も糟糠の妻のいる家庭も投げ捨てて、東京へ出奔してしまうという予定調和のないところ。その後、当時の最先端の文化ホールである日生劇場に就職。いろいろあって食堂部門に左遷されるが、災い転じて料理の面白さに開眼。再び郷里酒田に戻った久一は、フランス料理店を開業。採算を度外視してまで素材にこだわり抜き、食通として著名な作家、開高健をして「日本一のフランス料理店」と言わしめるまでに至る。

やはりここまでなら「フーン、エラい人ね」で終わってしまうが、この本の最大の魅力は光だけでなく、晩年の久一の失速という影の部分もしっかり採り上げている点にある。久一の金銭感覚の欠如が招いた数億円の累積赤字。さらに経営から離れたとはいえ、かつての夢の城である映画館の出火から引き起こされた歴史に残る惨事、酒田の大火。ついにアル中となり、周囲からも孤立。優秀なコック、接客スタッフ達も続々と離反してゆき、「私は何も成しとげられなかった。夢を見続けているだけなんだ」と呟きながら終焉の時を迎える姿はあまりにも痛ましく、涙なしには読めない。

ちなみに同じ映画業界から飲食店経営というルートで成功した人物の回顧譚に『上海シネマと銀座カライライス物語-波瀾万丈、柳田嘉兵衛の80年-』がある。銀座にあるカレーの名店として、今でもテレビや雑誌へ頻繁に登場するニューキャッスル店主の一代記。戦前に浅草六区の映写技師からスタート。上海に渡って映画館支配人となり、さらに巡回映写で中国各地を転々。戦後、命からがら引き揚げてきてからは、銀座でカレーライスの店を開いて成功。激動の昭和をバイタリティで生き延びた男の物語だ。その主人公、柳田嘉兵衛を陽とするなら、佐藤久一は陰。対照的ながら、世間体やしがらみに囚われることなく、興が湧くまま奔放に生きたところが共通している。どちらの本も読後、「どうせ一度限りの人生さ。思う存分やってみよう!」という気持ちになれること請け合い。

ついでながら映画館関連本としてオススメの本を2冊。まずは居酒屋探訪著書で名高い太田和彦の『黄金座の物語』。1週間に1日だけ開く、古き良き日本映画専門館を巡るレトロ風味満載のお話。次にロジェ・グルニエ著『シネロマン』。フランスの田舎町で映画館マジック・パレスを営む一家の悲喜こもごものお話。どちらも映画&映画館好きの琴線に触れるはず。この2冊、久々に読み返したかったが、誰かに貸したままになっていて、今は手元にない。

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