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2008-04-02

しあわせな孤独

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休日。世田谷文学館で開催中の『永井荷風のシングル・シンプルライフ』展へ行く。

この日は開館記念日ということで、入館無料。映画館という商売柄、休みづらい日曜日ではあったが、無料という抗し難い誘惑に負けた。

京王線の芦花公園駅で下車。冬の間、しばらく病床に臥せっていたせいもあって、通勤や近場へ映画を観に行くことを除き、外出するのは久々。もともと棒のように細かった脚は、更に退化して針金状態。春めいてきたので、せっせと歩き回って、萎えた脚を鍛えないと。

だが、この日は生憎と小雨混じりの寒空。せっかく咲き始めた桜の花びらも引っ込んでしまいそう。散歩日和には程遠かった。

荷風の『断腸亭日乗』は、私の枕頭の書。妻を娶らず、子供を持たず、敢えて独りで生きる悦びを綴ったこの日記には、同じく独身を通した小津安二郎監督を始め、熱狂的な愛読者が多い。同展には自筆の日記原本を始め、荷風のシンボルである下駄と蝙蝠傘の実物まで展示されていて、ファンとしては感涙にむせぶばかり。

見終えて、駅名の由来にもなっている蘆花恒春園立ち寄る。園内は春爛漫の花盛りというわけでもなく、寒さが身に染みる。ここは明治・大正の作家である徳富蘆花の住まいと庭だった場所。その随筆『自然と人生』の岩波文庫を、文学少年だった高校生の頃に表紙がボロボロになるまで読み込んだことを思い出した。遺品の並んだ展示館を覗いて、早々に引き返す。

そのまま帰るのもつまらないので、ネットの【芦花公園グルメ】からチョイスした店で昼食。アメリカ人で元フレンチのシェフが伊丹十三監督のラーメンウエスタン『タンポポ』に触発され、単身来日して開業した〈アイバンラーメン〉というところ。午後2時近かったが、長蛇の列。きっと評判の店なのだろう。

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昭和チックな商店街の入口というロケーションが良い↑

「並んでまで食べる気になれない」という言葉をよく聞くが、時間と気持ちの余裕があれば、並んで待つのも楽しいものだ。はたして荷風だったら、どうしただろうと考えてみる。若き日にアメリカとフランスで遊んだ彼のこと、持ち前の好奇心から並んででもここのラーメンを食べてみたのではないか。それに家族連れやカップルと一緒の列にいると、連帯感というか、不思議と世間とつながっているような暖かな気分になれる。孤独な散歩者として世間から遊離しがちだった荷風も、心和むひとときを求めて列に加わったのではないか。

30分以上も寒さに縮こまった揚句、ようやく食べることができたラーメンは、「亜米利加と仏蘭西の味がした」とだけ書いておく。

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〈塩全部のせラーメン〉で、千円也↑

2007-12-10

少女の髪どめ

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この日記も散歩ネタになると、途端にアクセス数が落ちる。映画館のHPという役割上、閑人の逍遥談義なぞ求められていないのだろう。

だが、私の場合は映画と散歩は不可分の関係。かつては見知らぬ場末の映画館を訪れた帰りは、スクリーンの感動を反芻しながらの街歩きを楽しんだ。それらがどこもかしこも壊滅してしまった現在、映画&散歩のセットメニューも成り立たなくなったが、せめて職場たる映画館への出勤前の束の間を、散策にいそしむことはできる。

それに今は樹々の葉が色づく時節。小春日和も続いている。出勤前に休日に、せっせと一年の有終の美に寄り添わねばもったいないではないか。

この日は神宮外苑の銀杏並木を歩いてみたが、距離にして200mにも満たない短さ。しかも午前中なのに凄い人の出。観光バスまで停まっていた。

すっかり興ざめして、お隣の新宿御苑まで出向いたら、有料(大人200円)ということもあってか、閑静な風情。枯れ始めたプラタナスの並木が美しい。金髪の外国人カップルの姿もあって、フランス映画のワンシーンにトリップしたみたい。

麗らかな初冬の陽射しを浴びて、広大な庭園を回游した。落ち葉を踏みしだく乾いた音が、耳に心地良い。「都会のオアシス」という月並みな表現が、今更ながら思い浮かぶ。

疲れてベンチに憩えば、誰かが忘れたのであろう、四葉のクロ-バーの飾りの付いた髪どめが置かれていた。取り上げて陽光にかざすと、淡いグリーンがキラキラ反射して、痛いくらいに眼を射った。可憐な四枚の葉は、ハッピーエンドで閉じる映画のストーリーのささやかな萌芽のようだった。

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2007-11-26

あふれる熱い脂

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休日は映画を観るか、図書館に行くか、ひたすら歩くかのいずれか。やがて訪れるであろう老境の日々も、おそらく今とそう変りあるまい。

この日はJR武蔵小金井駅で降りて、野川沿いを歩いた。武蔵野公園、野川公園を抜けて深大寺に至る10キロばかりのコース。

天気は快晴。散歩は晴れた日が良い。陽が陰ると、心も陰る。独り暗い空に抱かれて彷徨えば、想いはつらく悲しい過去、見通しの立たぬ未来へ駆け巡り、気が滅入るばかり。

そう言えば、初めて野川を歩いたのは、学生の頃、精神病院の介護のアルバイトに応募した時だった。病院は川沿いにひっそりと建っていた。面談即決で落とされ、暮れ方の沈鬱な岸辺を悄然と帰った記憶がある。

意外かもしれないが、私の本望は世のため人のために生きることだ。その後、転職を考えるたびに病院だけでなく老人ホームや障害者施設の介護の仕事を志願したが、どこも相手にしてもらえなかった。脆弱な外見、浮草稼業だらけの職歴を軽んじられたこともあったのだろう。

話し相手もなく、黙々と歩いていると、棘のある蔦のように「こんなはずではなかった自分」が絡んできて、一歩も進めなくなる。そんな時はアルコールの力を借りる。泥酔するわけではない。コンビニの百数十円の発泡酒で事足りる。歩きながら飲んでいると、自分が幸福でも不幸でもないと思えて、ようやく心が静まる。

だが、この日は雲ひとつない秋空。燦々と輝く太陽だけが友だ。どんな涙もたちまち乾く。酒なぞいらない。大手を振って、元気いっぱいに歩いた。

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いつしか深大寺に到着。蕎麦屋が軒を並べている。迷いつつ茶店風の一軒に入ってみた。840円の粗引き蕎麦を注文したら、田舎風と言うか、かた焼きソバみたいなボソボソとした歯応え。やっとのことで飲み下した。その後、境内の『鬼太郎茶屋』に寄って、好物のレトルトカレー〈鬼太郎の好きなビーフカリー〉中辛口630円也(値段が高いだけあって、美味い!)を買い求め、バスで吉祥寺に向かった。

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↑『鬼太郎茶屋』の店先に水木しげるの故郷・鳥取ナンバーの妖怪カーが停車中。目玉親父のヘッドライトが可愛いぜ♪

吉祥寺に行った際に必ず立ち寄る乾物屋で、これまた好物の揚げグリーンピースを3袋購入。すぐ近くで吉祥寺名物として名高い肉屋サトウの松坂牛入りメンチカツが、いい匂いを漂わせている。店頭の行列も30人程度だったので、意を決して並んでみた。それでも20分は待たされたが。5個以上だと180円が140円になるというので、食べ切れもしないのに5個も買う。

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持ち帰って食べるつもりだったが、せっかくだから揚げ立てのアツアツも味わってみたい。カラリと揚がっているように見えたので、歩きながら一口齧ってみて大後悔。大量の熱い肉汁がドクドクと堰を切って溢れ出てきたではないか。袋に戻そうにも、他のメンチに汁が回って、ドロドロになりそう。仕方なく雑居ビルの中に飛び込み、人目を忍んで丸々1個を立ち食いした。舌は火傷し、口の回りと手は脂でベトベトのギトギト。ちょうどポケットティッシュが切れたところだったので、途方に暮れた。

脂まみれで身動き取れない私。脂は涙のように乾かない。「こんなはずではなかった自分」が、またムクムクと頭をもたげてきた。

2007-10-20

ピンクの象

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仕事帰りや休日出勤の前、よく西荻窪駅で途中下車する。カジュアルなダウンタウン風情をキープしつつ、両隣の吉祥寺や荻窪より、ずっと通行人密度が薄くて散歩向き。古本屋も多いし、商店街のアーケードにぶら下がったランドマーク的なピンクの象もおっとりと可愛らしい。街の空気にマイナーポエットな慎ましさの感じられるところが気に入っている。

この街を訪れるようになったのは、最近のこと。20数年前は中央線の各駅ごとに映画館があったものだが、西荻だけは訪れた記憶がない。一度だけ飲みに誘われて降りたぐらいか。ごく若い頃のことで、N社でポルノ映画のシナリオの仕事をもらった際、この地在住の企画部員の方がビルの一角のバーみたいなところに連れて行ってくれたのだ。

当時の私は酒をまったく嗜まず、この店でも澄まし顔でハーブティーばかり飲んでいた。誘った方も、さぞシラけたことだろう。そのうちカウンターにいた中年の美人ママが自分も酒を呷りながら、ネチネチと私に絡んできた。細かくは憶えていないが、ポルノを書くには私が「あまりにも汚れを知らな過ぎる」ということらしい。

誰も信じてくれないだろうが、若き日の私のあだ名はshine王子様shineもしくはheart04麻呂heart04。さぞかし浮世離れした貴族的オーラを周囲に撒き散らす美少年だったに違いない。「汚れ命」の大人社会の住民からすると、いじめたくなるタイプだ。恋やつれした演歌歌手みたいだった美人ママの、「一丁、揉んでやるかannoy気分も誘発。辟易した私は早々に退却。西荻まで嫌いになって、久しく寄りつかなかった。

歳月を経て、今や「王子様」の面影はなく、かといって「王様」にもなれず。順調に汚れを知り得たかどうかわからないが、今の私ならあのママもきっと受け入れてくれるだろう。酔っ払って帰った夜、そう思いたって途中下車してみたが、場所を憶えていない。捜しているうちに遅くまで開いている古本屋の存在を知って、西荻への寄り道が始まった。

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この日は夕方から仕事。せっかくなので、その前に降りてみた。小雨混じりの肌寒い午後で、街は「ここって東京23区?」と思えるくらい人影がまばら。川沿いをぶらぶら歩き、ひっそり閑とした善福寺公園に到着。貸し切り状態で散策していたら、すっかり身体が冷え切ってしまい、慌てて駅前に引き返すと、甘味処でお汁粉なんぞを食べて温まった。

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Photo_12その後、お決まりの古本屋巡り。『東京人』のバックナンバーを数冊、マルセル・エーメと海野十三の文庫本、ずっと探していた滝田ゆう『下駄の向くまま 新東京百景』、更に招布(まねぎ)という、FURUHONマークの旗をくわえたツバメのイラストが可憐なペナントめいた飾り物まで購入。

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アンティーク雑貨屋も多く、懐かしのドリンキングバードを発見。ついつい買ってしまった。結局、総計7千円近くの散財。次回の寄り道の際は、この鳥に似合うレトロなガラスのコップを見つけたい。ああ、こんなことがバレたら、またまたあの美人ママにいじめられる・・・。

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子供の頃、近所の中華そば屋のショーウインドーにラーメンやチャーハンのサンプルと並んで飾ってあり、飽かずに眺め続けたっけ↑

2007-08-26

続・お化けのいない八月

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休日の散歩は、あまりにも暑いので夕方からにしている。

陽の傾き始めた立川の街を歩いていたら、ちょうどお祭り。せっかくだから神社の縁日をひやかすことに。

子供の頃、この神社の縁日に親や友達と連れ立って出かけるのは、夏の終わりの恒例行事だった。人並みを縫って歩いていると、30数年前にタイムスリップしたみたい。当時と違うのは、独りぼっちなこと。

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神社の奥に、当時はお化け屋敷と見世物小屋が出ていたが、今もあるのだろうか? 記憶を頼りに進んでゆくと、見世物小屋こそなかったが、お化け屋敷はあった!

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ただ、残念なことに「お笑いお化け大会」なるチープな看板が臆面もなく掲げられていた。昔はおどろおどろしい妖怪どもが満載の看板だったはず。

一度だけ入ったことがあったが、子供さえ騙せないようなチャチな仕掛けだった記憶が。平成の日本では、「お笑い」をくっつけて自己卑下しないと商売が成立しないのかもしれない。呼び込みの男が、「わずかの時間のお楽しみ!」連呼していた。「情けなさを笑ってやってください」と言っているようなものだ。しばらく眺めていたが、お客が入ってゆく気配はなかった。

つまらなくなって、早々に引き返した。帰り道、駅近くのトイショップを覗いたら、『ゲゲゲの鬼太郎』の妖怪フィギュアが売られていた。お化けの復権を願って何か買ってやろうと思ったが、欲しい物がない。〈喫茶ホームラン〉と書かれたプライスカードが残っているだけで、売り切れ中らしきフィギュアが気になった。若くて可憐な女店員さんに尋ねたら、親切にもカタログを見せてくれた。案の定、喫茶店で想を練る水木しげるのフィギュアだった! さっそく取り寄せをお願いする。入手できたら、迷惑も省みずにこの場にて見せびらかすつもりさ!

2007-07-21

あしたの私の歩き方

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遠路はるばる水戸の茨城県立美術館まで、『キスリング展』を観に行った。

私は粗野で貧しい労働者階級の出身ではあるが、絵を眺めるのは大好き。小学生の頃から、当時住んでいた立川の駅前のカメラ屋の2階にあった画廊の常連。今でも職場近くのBunkamuraザ・ミュージアムには、同じ展覧会であろうと何度だって足を運ぶ。乏しい小遣いの中から、三度の飯を抜いてでもチケット代を捻出して。

自慢話になるが、描く方でも幼い頃から神童の誉れ高く、中学校時代には『立川市郷土かるた』の学校代表に選ばれ、「石積みの盛り土の部屋 古墳跡」という読み札に、想像でウルトラマンのミイラ怪獣ドドンゴでも現れそうな雄大な古墳の絵を描いた(後年、散歩中に実物の古墳跡を見つけたが、小さな和式便所を連想させるものだった)。その郷土かるたは立川市内の小中学校全生徒に配布され、市民会館でも原画展が開催された。振り返ってみれば、語るに足ることが微塵もない私の境涯において、このことは最高の栄誉だったかもしれない。せっかくなので、そのかるた絵をここに掲載したかったが、残念ながら流浪の日々を繰り返すうちに、いつしか喪失してしまった。嗚呼。

閑話休題。水戸へは鈍行列車で往復8時間かけて出向いた。特急や高速バスよりはるかに安いし、急ぐ理由もないし。数冊の本さえ鞄に詰めれば、電車はたちまち移動書斎。

この小旅行は、若き日の気ままな二番館・三番館・名画座巡りを思い出させた。20数年前はどの町にも二本立て・三本立ての映画館が存在しており、観そこなった映画を追いかけ、あちらこちらの見知らぬ土地を訪れたものだ。

朝8時にホームタウン青梅を出発し、昼過ぎに水戸へ到着。川沿いをブラブラ歩いて美術館へ。湖に面した風雅な趣の建物。駅弁を買ってきて、のんびり湖畔に並ぶベンチで食べればよかったと後悔。

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キスリングは『エコール・ド・パリ』を代表する画家だが、盛名のわりにはいつも一括された扱いで、単独では画集さえ出版されていない。長い間、いろいろな展覧会でその他大勢の中のキスリング作品を観てきたが、センスの良さでは群を抜いていた。華やかな色合いに、そこはかとない憂いがブレンドされているところが彼の真骨頂。今回、キスリングだけを存分に鑑賞できて、ようやく眼も心も満たされた思いが。もっとも昼飯を食べていなかったので、満たされない腹の虫が鳴って仕方がない。周囲には若くて可憐な監視員の女性達が取り巻いていて、平日の閑とした展示室に鳴り渡るその音を彼女らに聴かれたくないと、身体を捻ったり深呼吸したりしたが、容赦なくギュルギュル鳴るばかり。

観終えて、そのまま駅に直行。川沿いの土手道を引き返す。先日、ぴあフィルムフェスティバルのコンペ部門を社内で手分けして観たついでに、招待作品のロバート・アルトマン監督『ロング・グッドバイ』を久々に観直した。映画的感興に富んだ名作だが、私立探偵フィリップ・マーロウを演じるエリオット・グールドの歩き方がとりわけ印象に残った。長い手足を持て余したような、どこかぎこちなく、それでいて絵になる歩き方。誰も見ていないことを確かめ、ちょっと真似して歩いてみた。

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 これって黒鳥? 川辺を往く私の後をずっと追ってきた↑

駅のホームで納豆そばを食べ、再び鈍行列車で帰路につく。水戸の街には2時間もいなかった。

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水戸駅で買った銘菓チョコ納豆。フツーに美味しかった↑

2007-07-12

雨のエトランゼ

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休日はひたすら散歩。当ブログには記載しなかったが、最近も世田谷線や多摩都市モノレール、西武多摩川線途中下車の旅を敢行。先日は雨あがりの谷中の街をブラブラ。せっかくなのでUPしてみた。

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谷中は20数年ぶり。当時も今も殺風景なビルが林立することもなく、寺町の落ち着きと和の風情が感じられて、都内でも好きな街のひとつ。難を言えば、狭い道筋を車がビュンビュン走り抜けるので、ボヤボヤしていると轢かれそうになるところ。

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〈谷中銀座〉や〈よみせ通り〉に立ち並んだ商店街のあちこちで、美味しそうなものを売っている。10円まんじゅうを10個購入して(たったの100円!)、ムシャムシャ頬張りながら歩き回った。

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谷中の名所〈夕やけだんだん〉↑

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商店街には肉屋が乱立。それぞれがメンチカツで覇を競い合っていた。その中の一軒に「鉄人 道場六三郎御来店」の看板が。つられて食べてみたが、まあ、普通の味。それよりアジア系外国人観光客の団体に、女店員さんが流暢な英語で対応していたのには仰天。「郷に入っては郷に従うべし!」と、日本語での会話を強要する私とはエライ違い。

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歩き疲れて、乱歩という名の喫茶店で一休み。作家ゆかりのD坂=団子坂付近に店を構えているのでこの名にしたのだろうが、アフリカ辺りの民芸品が飾ってあったり、モダンジャズが流れていたりで、あやかしの乱歩ワールドとは無縁。それでも、勘定の際に店の人がシアターNで公開される『人間椅子』『屋根裏の散歩者』のチラシをくれた。良かったですね、K支配人。

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その後、再び降り始めた雨の中、上野まで足を延ばし、蓮の葉が不気味に密生した不忍池周辺を散策。それからアジア系外国人だらけのアメ横でふた山500円のしらす干し、ついでに駅前のファンシーショップで時計まで買って帰る。

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チョー逸品・目玉親父の振り子時計↑ 胴体が左右にブンブンブン!

2007-06-22

神保町の熱い日

神保町に映画館がオープンするとのこと。休日だったが、内覧会へ散歩がてら出向いた。

神保町へは、いつもJR御茶ノ水駅から明大通りのゆるやかな坂をプラプラ下ってゆくが、この日は梅雨入りしたというのに真夏のような炎天。木陰が多いとちの木通りに逸れたせいで、アテネ・フランセの手前で女坂の石段を降り、錦華通りから駿河台下へという遠回りルートになる。

せっかくだから錦華通りにあるインドカレーのカーマでランチ。チキンカレーを食べる。この店はカレー激戦区神保町の中でも評価は上々だが、私の舌にはスパイシーというより少々しょっぱい。まあ、暑い日にはピッタリかも。

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↑同じ錦華通りにある浪漫ちっくなカトリック神田教会。ちょっと中を覗いてみたい・・・

その後、何軒か古本屋をひやかしてから、すずらん通りの横道に入って、7月14日オープンの神保町シアターに到達。古本屋だか喫茶店だかの脇の階段を下りたところにある、チンマリとオツな映画館をイメージしていたが、宇宙人の侵略基地みたいな外観。オープニング作品もポケモンのアニメ。レイトショーだけは川本三郎セレクションの古き良き日本映画とのこと。どうせなら昼間もその路線を押し通して、古本屋ならぬ古映画館を狙えばいいのに。

当日はジブリの短編アニメ『春のめざめ』を上映すると案内状にあったのに、スクリーンでは何故か『スターウォーズ』の大戦闘シーンがド派手に繰り広げられていた。それもすぐに終わり、スタッフが「ご希望の方がいれば、『春のめざめ』を上映します」なんて言っている。

とっても観たかったけれど、「ハーイ!」と手を挙げてアピールするのも恥ずかしい。他の招待客もゾロゾロ席を立ってゆく。つまらないので、早々に退散。

その後、日が暮れるまで古本屋街を徘徊。本&どーでもいいような物で散財。神田伯剌西爾でコーヒータイム。それから真夏の宵みたいな熱風に吹かれつつ九段下まで歩き、東西線とJRでホームタウン青梅にたどり着くと、すっかり深夜。携帯電話もパソコンもいらないから、〈どこでもドア〉ばりの長距離短時間移動装置(低価格)を誰か開発してくれないかしら。

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↑ちなみに本とともに散財したのは、〈ちびくろさんぼ ぬいぐるみSサイズ〉と青林工藝舎製〈鈴木翁二イラスト缶バッチ〉

2007-05-23

黄昏の江戸タウン

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このところ、年に一度くらいの頻度で浅草を訪れている。かつて僅かな期間、この街で働いたことがあるだけだが、住み暮らしている殺風景な東京の西側にはない、格別の風情に惹きつけられて久しい。

先週末の浅草は三社祭。初日の金曜日、仕事帰りに地元在住のS社W氏のご案内で見物に訪れた。土日はいざ知らず、その夜は平日ということもあり、いつもの浅草同様、祭りの晩らしからぬ人の出の少なさ。暮れなずむ浅草寺近辺をそぞろ歩いてから、酒場へと繰り出した。

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↑1軒目は花川戸の立飲み屋。「ソース二度づけお断り」を初体験!

2軒目のW氏行きつけの蕎麦屋で、カツ煮とお新香を肴にどぶろくを呑んでいたら、「そいや! そいや!」の掛け声が近づいてきた。W氏を店に残したまま、子供のようにいそいそと表に出てみると、夜道を神輿が威勢良く通っていった。見物人はりんご飴を頬張った近所の小学生達とお婆さんくらい。ちょっといい感じの光景。

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喧しいだけの渋谷で働いていると、浅草の寂とした人肌の情趣が懐かしい。三社祭の期間中、200万人も訪れるというのが信じられない。

2007-04-19

エル・スール

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渋谷の興行組合の旅行で、各劇場の支配人やスタッフの皆様と福岡へ。

過去にも組合の旅行ではあちこち連れて行ってもらったが、九州は初めて。コースに柳川の舟めぐりが含まれていたのが、個人的にそそられたところ。

堀割が張りめぐらされた水の都・柳川は、福永武彦の小説『廃市』や大林宣彦監督によるその映画化作品で親しんでいた。機会と金銭的余裕があれば、一度は訪れてみたかった憧れの地。しかし、いざ実現したら、舟で縫っていったのはリアルな生活圏。小説や映画で想い描いた浪漫チックなイメージとの相当な落差が感じられ、少々ガッカリ。

それでも1時間強かけて4キロの水路をのんびり漂うのはオツなもの。私が乗った舟の船頭さんは、二十歳のイケメン青年。かなりのご老体に見受けられた他の船頭さんに比べて、味わいの点でいかがなものかと思ったが、なかなかどうして、かなりのエンターテイナー。巧みな話術と歌唱力、さらに個性を競い合う数々の船頭の中で彼だけしかなし得ないというダイナミックなアクション(橋下を舟が潜り抜ける際、竿を放擲して橋上へ飛び移り、絶妙なタイミングで通過した舟に飛び乗った!)で、我々を大いに沸かしてくれた。

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KABA.ちゃん似の青年船頭の指導で、巧みに舟を操るスタッフT↑

ふと私の脳裏をかすめたのは、「このまま蒸発して、ここで船頭として暮らすのも良いかもしれない・・・」ということだった。聞けば定年を迎え、再就職先としてこの仕事を選ぶケースも多いとのこと。2ヶ月で研修期間を終え、3年で一人前らしい。体力並びに運動神経ゼロの私にも勤まるかもしれない。

同行のスタッフTは私の心の揺れを敏感に察知したらしく、「まず人前で歌えなければならないし、話もできないと」と言う。でもね、綿密に台本さえ組み立てておけば、1時間強くらい私だって場を持たせられるのでは? 遠くないであろう第二の人生に備え、前向きに「船頭生活」を考えてゆこう。

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ホテルに着いて夕食を終え、恵比寿ガーデンシネマ、シネセゾン渋谷、ル・シネマ、シアターN、シネマライズ、QAXシネマ(順不同)の支配人・スタッフの皆様と那珂川沿いの屋台へ。おでんに串焼き、とんこつラーメンを食べた。この地ならではの体験だろう。団体行動は苦手なタチだが、とっても楽しい夜だった。

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まもなく公開の『プルコギ』のポスターも↑

翌朝は一人で那珂川沿いを散策。福岡は大都会で、東京と同じく殺風景なビルばかり。さっぱり風情は感じられなかったが、違いは街の真ん中に大きな川が流れているところ。生憎の雨でかなり寒かったが、灰色の川面には、屋台が立ち並んだ夜の情景とは別のうら淋しい趣があった。前夜に食べ過ぎたせいで空腹を覚えず、川沿いの公園内にあった市立美術館のカフェテラスで朝食代わりにコーヒーを飲む。

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その後、皆と合流して、キャナルシティ博多内のユナイテッド・シネマ、シネテリエ天神を視察。シネテリエ天神のS支配人は、このブログをご存知でした。やはり東京の情報収集に不熱心では、商売が成り立たないのであろう。もっとも目の前に現れた書き手と日記が一致いないようで、「あれって誰が書いているの? え、あなた?」と言われたが(何故か本人と文章のギャップをよく指摘される)。

それから帰りの飛行機まで時間があったので、博多駅周辺で単独行動。あてもなく歩いた。冷たい雨はやむ気配がなく、歯の根が合わぬくらい寒い。まったくと言っていいほど人通りのない街を彷徨っていると、ここは春の南国ではなく、以前に同じく組合の旅行で出向いた札幌辺りに来ている錯覚に陥った。

2007-04-09

花と禿

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東京の桜もあらかた散ってしまったのだろう。今年は桜見物には熱心ではなかった。数ヶ月前の通勤途中、ぼんやりと電車の窓から外を眺めていたら、幼い頃から長く住んでいた団地(取り壊されて別の建物になっているが)に隣接しているJRの変電所の敷地内の桜の木が消えていた。ずっと馴染んできた桜だったので、自分の一部が切り倒された気がした。桜なんか二度と見るまいと思った。

それでも先日、気まぐれに桜並木を散策した。身過ぎ世過ぎの憂さ晴らしに落語でも聴いてやろうと、下北沢の小劇場でやっていた春風亭昇太の独演会に行った。電車での帰途、「本日に限り、井の頭公園駅に臨時停車する」というアナウンスが流れたので、思い立って降りてみた。井の頭線の急行電車はこの駅に停まらない。花見客への特別措置なのだろう。

その際、某有名脚本家も一緒に下車した。途中駅から女性同伴(奥様?)で乗ってきて、シルバーシートへ腰掛けたのに気づいた。もちろん私とは一面識もない。かつては売出し中の脚本家として私の崇拝の対象であった氏もいつの間にか還暦を過ぎ、堂々とシルバーシートへ座われる年齢になっていた。

公園は凄い人出で、歩こうにも先へ進めない状態。風情もあったものではない。気がつくと某脚本家御一行の後ろに従う形になっていた。買ったばかりの下北名物アンゼリカのカレーパンの冷めきったのを齧りつつ、桜と薄くなった氏の後頭部を交互に眺めながら歩いた。

私が氏と遭遇したのは、これで四度目。最初は20年以上も昔、国立駅近くの書店で。立ったまま本の頁を捲る氏の白皙の横顔を、憧れの目で見つめたことを思い出す。次は氏の初監督作の公開直後、主演女優を伴ってパルコ劇場の芝居を観に現れた際。三度目はシネクイントのお客として。

昔、私が脚本家志望の若者としてプロット書きのアルバイトをしながら、あちこちの制作会社に出入りしていた頃、多忙になり始めた氏のアシスタント要員として私の名前と連絡先を伝えてあると某社の企画部員に言われたことがあった。胸がときめいた。今もって徒弟制度が存続している世界だ。やはり助手から共作者、その後一本立ちした氏のように、私だってチャンスを掴めるかもしれなかった。

だが、氏から電話はなかった。「連絡先を伝えてある」という言葉自体が嘘だったのかもしれない。当時、私は浴びるほど嘘をつかれていた。そんな業界だった。

人波に紛れ、不意に氏を見失ってしまった。カップルとすれ違い様、女のハイヒールにしたたかに踏まれて痛む足を引きずりながら、桜吹雪の舞い散る中、薄くなった氏の後頭部を追い求めた。その抜け落ちてしまった髪の毛のように、私はいつしか華やかな喧騒から夕闇に弾き出され、若かった日々と同じく独りぼっちで果てもなく彷徨い続けた。

2006-12-12

妄想旅日記

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曙光にきらめくガンジス↑

しばらく日記を更新していないのは、インドに滞在中だから。

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日本人観光客向けの標識↑

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購入した手帳。あちらでは「♪インドの山奥で修行して~」のレインボーマンが大ブーム。右は毎日飲んでいる名物チャイ↑

だが、更新してもしなくても、日々のアクセス数に変化はない。嬉しいような悲しいような・・・。

2006-10-28

橋のある川

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築地で試写。銀座で地下鉄を降り、テクテク歩いた。

途中、寄り道。プランタンにある文具店スコスで来年のダイアリー、電通近くの画材店月光荘で大きめの布袋を買う。この布袋は古書店巡りや図書館で借りた本を持ち帰る際に活用するつもり。

その後、晴海通りから勝鬨橋に出る。亡き父は東京都の水道局に勤めていた。私が幼い頃、この近辺の出張所にいて、勝鬨橋という名を聞かされた記憶がある。当時は水道料金の自動引き落としのような簡便なシステムはなかったろうから、自転車で徴収して回り、日が暮れた頃、川沿いにこの橋へ帰ってきたのかもしれない。

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隅田川沿いを歩いて試写室に向かう。早めに着いたので、川を見下ろす石段に腰かけ、しばらく本を読む。川のある風景にはどこか末枯れた侘しさが感じられるのだが、この辺りはヒョロヒョロと背ばかり伸びたビルが林立していて何だか気味悪い。父の見た風景とは、まったく様変わりしているのだろう。

それでも川風に吹かれながら本の頁をめくっていると、遠く近く、自転車に乗った若い父が、母の持たせた弁当箱をカラカラ鳴らせて走り抜ける音が聴こえてくるような気がした。

2006-10-25

続・路地裏の散歩者

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今日も散歩。恵比寿から広尾、西麻布を通り抜け、表参道までテクテク。

恵比寿では、まずは出発前の腹ごしらえということで、テレビでよく紹介されているキムカツなるトンカツ屋で早ランチ。超薄切り豚肉を何枚も重ねてミルフィーユ状にしたものを揚げたカツが、この店の専売特許とのこと。何種類もフレーバーがあったが〈黒胡椒〉を注文。サラリと繊細な揚げ上がりで、豚肉の味わいもダイレクトに伝わってとっても美味しいが、値段も高いぞ、税込み1,480円! 驚くなかれ、ご飯と味噌汁は別料金の450円! 泣く泣くご飯と味噌汁は断念し、お代わり自由のキャベツを主食にトンカツを食べた。若くて可憐な女性の店員が頃合を見計らって、「キャベツのお代わりは?」と何度も聞いてくる。その都度、キャベツの追加を頼んでいたら、彼女はサービス精神旺盛な方で、4回目くらいからご飯茶碗にキャベツを入れて持ってきた。客の窮状をユーモアに包み込むという知性さえ感じさせる天晴れな配慮。きっと良い店に違いない。

それから裏道を抜けて、広尾まで歩く。今年の春だったか、某ワークショップの講師として『興行側の実情』なるお題目で話す機会があった(3時間余に渡って生活苦を切々と訴え、満場の涙を誘った)。その会場が広尾。駅前に商店街があったり銭湯や寺もあったりして、時間と心のゆとりを持ち合わせている際にじっくり散策してみようと再訪したのだが、実際に歩いてみると趣きある道すじは短く、あれよあれよと通り過ぎてしまった。

その後、南青山辺りの裏道を歩いたが、やたらと車が多くて、青梅の田舎モンには危なっかしくて歩けたものではない。根津美術館も休館中だったし、お目当ての古本屋も閉まっていた。早々に散歩を打ち切り、地下鉄で渋谷に出て、映画をハシゴ。

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そそられるアパートを発見したが、誰も住んでおらず、どうやら取り壊されるらしい↑

『天使の卵』『レディ・イン・ザ・ウォーター』を観たが、2本とも私の真後ろの席に女子高校生の集団が。気の毒にも『天使の卵』は上映中、ずっと突っ込み倒されていた。「きゃつらにスキを見せな!」と祈るような思いでスクリーンを見つめていたが、彼女らは一瞬の綻びさえ見逃さず、失笑と罵倒を繰り出してくる。終了後の感想は「ある意味、面白かったねェ、ゲハハハハハハハ!」とのこと。

『レディ・イン・ザ・ウォーター』の方は、途中から不可解な展開に付いてゆけず、取り残された気分で観終えた。女子高校生達はどうコメントするかと聞き耳を立てていたら、ずっと無言。ようやく聞き取れたのは「絶句ゥ・・・」の一言。私の感性と理解力が彼女らと同等であることを喜んでいいのか、悲しんでいいのか・・・。

2006-10-20

路地裏の散歩者

深まりゆく秋。絶好のお散歩日和の到来ではないか。休日はひたすら歩くに限る。

神保町の古書店巡りでもしようと地下鉄に乗ったが、気が変わって神楽坂で下車。裏道を通り抜け、本郷までテクテク歩いた。

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かの山田洋次監督も常連の「ホン書き旅館」として名高い〈和可菜〉↑

ちょうど昼時だったので、神楽坂フレンチを堪能すべく前菜・デザート付きで1,600円という手頃な値段の店に入ったら、「予約でいっぱい」と断られる。所詮おフランス料理なんぞには縁がないものと諦め、不二家神楽坂店限定の〈ペコちゃん焼き〉五十番の名物〈肉まん〉ミニサイズを買い込み、歩きながら食べることにした。少々お行儀は悪いが、すれ違う人も殆どいないので、遠慮は無用とばかりにパクつく。

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このペコちゃん、ちょい「妖怪人間ベラ」似↑

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お散歩日和と書いたが、まだまだ暑い! 途中、東京ドームシティのトイレへ寄った際に鏡をのぞいたら、顔が真っ赤に焼けていた。

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汗を拭き拭き、ようやく本郷に到着。この付近は昭和レトロな風景が多い。まるでホームタウン青梅みたい! これなら近所を歩いた方が電車賃もかからなかった!

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     樋口一葉の旧宅跡↑        宮沢賢治の旧宅跡↑       

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井戸が多くて風情はあっても、蚊がブンブン↑

歩いたら、またまたお腹が減ってきたので、マミーズの〈アップルパイ〉まるや肉店の〈菊坂コロッケ〉を歩き食い。とにかく消費カロリーに見合うだけの食物を摂取し続けないと、ますます痩せてしまう! どこぞの映画業界人ブログを読むと、連日連夜の美食三昧やらダイエットの悩みやらが綴られている。ダイエットなんて、栄養失調の私には無縁の領域さ! この業界、富の配分がおかしいのでは?

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歩き疲れて東大正門向かいの路地にある万定フルーツパーラーで休憩。カレーやハヤシで有名な店だが、さすがに満腹なのでコーヒーだけにする。

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その後、東大前に立ち並ぶ古本屋を回る。偏差値が高過ぎて、私に読める本がない! やっと均一本の棚で昔読んだヘッセのクヌルプ』を発見し、買って帰る。本郷から青梅までは遠く、電車の中で読了してしまった。散歩というより旅かも。

2006-10-13

絵の中のぼくの憩い

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休日。練馬のちひろ美術館で開催中の『茂田井武展』を見に行く。西武新宿線の上井草が最寄駅だが、せっかくJRの通勤定期券を持っているので、荻窪からバスで出向く。

茂田井武は子供の頃から〈セロひきのゴーシュ〉の絵本や児童書の挿画で馴染んでいた。好きな画家の一人。何を隠そう私の少年時代の夢は、絵本作家か童話作家になること。小学校の卒業文集にもそう書いた。当時は宮沢賢治に傾倒していて、画才&ストーリーテラーとしての才で周囲(級友30数人だが)にも一目置かれ、転校生の送迎会その他の学級行事では余興に自作の紙芝居を披露するのを常としていた。将来は美大へ進学。卒業後は風光明媚な山村に住み暮らし、存分に童心を羽ばたかせて創作に専念するはずだった。しかし大幅に道を踏み外し、初めて創作で糧にありつけたのは絵本や童話とは遠く隔たった世界(山村住まいのみ実現)。ああ、人間、なるようにしかならない!

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閑話休題。展示してあった愛読書〈セロひきのゴーシュ〉の原画にはいたく感激したが、ちひろ美術館という場所が場所。あまりにも私のような中年男には相応しくない! 平日なので来館者は疎らで、併設のカフェではコーヒーも飲めるようだが、どうにも落ち着かず、館内のショップで茂田井の画文集『じぷしい絵日記』と同じく挿画ピンバッチを記念に購入し、早々に退散。

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Photo_521 その後、石神井公園まで歩いて、園内を散策。初めて来たが、その広さに吃驚。井の頭公園みたいに人がウジャウジャいるわけでもなく、閑雅な趣。ジャケットの襟のボタン穴に買ったばかりのピンバッチを付け、広大な池の周りを独り巡った。途中、池の端の休憩所で一休み。カレーとおでんを食べる。携帯電話も鳴らず、穏やかな秋の午後を過ごす。

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帰りは再びバスで吉祥寺まで出て、古本屋で太宰治『お伽草紙』と掘口大學訳『シュペルヴィエル詩集』、小田扉のマンガ『団地ともお』の第7巻にリリアーナ・カヴァーニ監督『愛の嵐』のパンフまでゲット。吉祥寺に来た際は必ず立ち寄る乾物屋で、好物の揚げたグリンピースも2袋買う。帰ってから焙じ茶を飲みつつ豆をポリポリ齧って本の頁をめくり、秋の夜長の灯火に親しんだ。

2006-08-30

藪蕎麦の夏

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休日。久々に神保町へ。

岩波ホールで『紙屋悦子の青春』を観ようと思ったが、長引く夏風邪のせいで、やたらと咳が出る。急遽、古書店めぐりに変更した。

空はどんより曇っていて、時おり小雨がパラつく。蒸し暑いのを我慢すれば、自分には絶好の散歩日和。近頃、真夏の直射日光を浴びると、腕にブツブツと湿疹が。体が弱っているせいなのか、映画館というお天道様と縁のない職業に長年従事しているせいなのか、日光アレルギーになってしまったみたい。

我が古書店めぐりの鉄則は、「欲しい本を見つけても慌てて買わないこと」。稀覯本はともかく、状態や初版・再版に拘らなければ、別の店で同じ本がもっと安く手に入る場合があるから。店と棚の場所を憶えておき、後でまた来る。リスクとしては、後回しにしているうちに誰かに買われてしまう、もしくは店も棚も忘れてしまう。私の場合はもっぱら後者で、「あの本、どこで見たっけ?」とウロウロ彷徨ってばかり。

今回もあちこち見比べて、岩波文庫の『完訳アンデルセン童話集(旧版)』全10巻一揃えを800円でゲット。3千円の値が付いていた店もあったので、大いに得した気分。他に『小熊秀雄詩集』を1,500円、『現代漫画 馬場のぼる集』を840円で入手。これらも一応他店をのぞいて、より安いことを確認してから購入。

ひととおり本を買ったら、思い出したようにおなかが減ってきた。よし、奮発して神田の老舗でランチでも。淡路町にある創業明治40年の洋食屋松栄亭で、かの夏目漱石も食べたという〈洋風かき揚げ〉〈ハヤシライス〉〈オムライス〉をセットにするつもりで行ってみたら、あれま、「臨時休業」の貼紙が。次善の策として、老舗では上をゆく創業明治13年の神田藪蕎麦へ。この店には、まだ入ったことがない。料亭みたいな外観で、少々敷居が高かったから。

テレビの年越し番組か何かで百人は収容できると紹介されていた広い店内は、オジさんワールド。2時近かったこともあり、待たされずにすんなり座れた。ここのような蕎麦屋の歴史を体現している店では、蕎麦に酒肴一品が定石だろう。見回せば、他のオジさん達も皆そうしている。〈せいろうそば〉630円に〈鴨ロース〉630円、生ビール525円を注文。まあまあの値段だが、どれも驚くほど量は少なく、せっかく浮かした本代がパーになった気分。

それでも古書店めぐりの合間にのんびり蕎麦を手繰るのは、ちょっとした「大人の休日」。本と蕎麦で暮れてゆく夏の一日は、私にとって南の島でのバカンスに等しい。ビールのグラス片手に読む本が『アンデルセン童話集』なのは、どうかと思うが。

2006-08-01

無縁の人

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休日だが、大泉学園の東映撮影所へ出向く。持ち込み作品の撮影を見るため。上映作品は完成品を観てから決めるなんて悠長なことは言っていられない。企画書、梗概、脚本、ラッシュ、撮影現場等、様々な形状で判断。

大泉学園の駅に降りるのは初めて。私の場合、西武線にはあんまり馴染みがない。1時の待ち合わせだったが、少々早く着いたので、駅周辺を歩いてみる。食欲はなかったが、本番中におなかが鳴ると迷惑になると思って手近な店を探す。どこも混んでいて、時間がかかりそう。結局、駅前の吉野家で肉が皆無のプレーンカレー290円也を食べたが、これが失敗。カレーが不味いというわけではなく、撮影所に到着後、一同ランチタイムになったので。

ここの食堂では、どれも上限300円くらいでボリュームたっぷりの定食が食べられた。そうかと言って、食べ直しができるほど強靭な胃袋を持ち合わせておらず、アイスティーで我慢。残念無念。

夕刻になって引き揚げる。同行のスタッフTと別れ、周辺を散歩。Tは近くの石神井台公園を薦めてくれたが、いまいち興をそそられず、ブックオフへ立ち寄っただけで電車に乗ってしまう。良さそうなところがあれば途中下車してみようと、車窓から見慣れぬ風景を眺めていたが、どうにも「旅への誘い」が迫ってこないので、寄り道せずに帰った。

同じ東京の街でも、いろいろ肌合いが違う。私の場合、中央線の沿線に馴染みすぎたみたい。