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2008-09-18

オルフェの遺言

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神保町の古書店街の行き帰りに、近くの東京国立近代美術館に立ち寄ることがある。 話題の企画展を鑑賞しに行くわけではない。所蔵品として、いつも展示してある一枚の絵が気に入っているから。

上にそのポストカードを掲載したが、小学校の教科書等で、きっと誰もが見たことのある絵なのではないか。『エロシェンコ氏の像』というロシアの盲目の詩人を描いた油彩画で、大正時代の夭折の画家・中村彝の作品。

私も教科書の図版でこの絵に馴染んだのだが、憂愁に閉ざされた寡黙な表情は子供心にもひどく印象的。「行いは少なく、想いは満ちたり」といった内面的な風情が、教科書の頁をめくってこの絵にさしかかる度に、芸術的環境とは無縁に育った幼い私をも、厳粛な気持ちに導いてくれた。

後年、エロシェンコについていろいろ識るようになったが、ウクライナの民族楽器バラライカを片手に、当時流行した国際共通語エスペラントを駆使して世界中を放浪していたこの盲目の詩人は、大正デモクラシーのアイドル的存在だったらしい。

詩人はカレーライス発祥で有名な新宿中村屋に寄宿。たちまち日本語を習得して、各地を講演。美しい金髪の巻き毛とヨーロッパ風のアクセントの日本の言葉で語られた自由への希求は、知識人のみならず、婦女子の胸をときめかせ、熱狂的に迎えられた。講演の採録本の口絵として使われた上の肖像画を切り抜き、肌身離さず持ち歩く青年もいたらしい。ロシア、放浪の詩人、盲目といったキーワードに加え、典型とも言える芸術家的容姿が、浪漫的な大正の若者達の心を燃え上がらせ、理想、指針、憧れになったのかもしれない。

詩人の著作は、『エロシェンコ童話集』という偕成社から出ている児童向けの文庫本を以前に読んだだけだ。理想化肌の詩人の想念がストレートに出過ぎていて、子供ウケとは遠い内容だったが、こういう硬骨漢ぶりが大正という時代には魅力となって、一世を風靡したのに違いない。やがて、エロシェンコは日本政府によって国外追放となり、風のように上海、北京、印度を流離い、故国で没した。

話を『エロシェンコ氏の像』に戻すと、実物は縦横40cmくらいのとても小さな絵。ちょうど前にベンチが設えてあり、私はそこに座って眺めることにしている。〈大正のヒューマニズム〉というスペースの一角に飾られていて、たいてい誰もいない。大正のアイドルと私は、いつも森閑とした空間で対峙している。思い出したように、絵の中にいる詩人の心臓の鼓動が聞こえるのではと耳をすます。ムッとする人いきれの中、頭越しにフェルメールを眺めるより、私の性に合っているようだ。

値段だって、常設展だけなら入館料420円。八重洲のブリヂストン美術館に同じく常設されているルオーの『郊外のキリスト』、絵ではないが多摩動物公園のキリンと並ぶ、東京にあって、その気になればいつでも訪れることができる眼福の対象だ。

エロシェンコで思い出したが、八木義徳の短編小説に『ある酒詩人の死』がある。八木義徳といっても、今は知る人も少ないだろう。古書店の棚の片隅でひっそりと読み返されるのを待っている作家の一人だ。この短編に登場する酒で身体を壊して早世する編集者が、「高い額、うねりちぢれた豊かな頭髪、すこし突き出た頬骨、真っ直ぐに通った形のいい鼻梁、固く緊まった口元、やや青白い皮膚、そして顔全体に時おり影のように走る憂鬱な表情」の持ち主で、中村彝描く『エロシェンコ氏の像』にそっくりだという。多くの女性に愛され、たった一冊だけ詩集を遺して死んだ。

それは古ぼけた原稿用紙や破り取ったノートの切れ端、ビヤホールの紙ナプキン、飲み屋の割り箸の包み紙、誰かの名刺、宣伝ビラ、トイレットペーパー等の多種多彩な紙屑への殴り書きを改めて詩集として編纂したもので、小説は彼への鎮魂としてこの詩集から転載された一編の詩で終わっている。その詩は、実際にエロシェンコ似の男が書いたものなのか、すべてがフィクションで詩も八木義徳のオリジナルなのかは、定かではない。ただ、いかにもほろ酔いに身を浸した最中の感慨を伝える平明な詩興が、素朴で良い味を出している。

私のような中年男を快く酔わせてくれる映画にはなかなかめぐり合えない昨今、こんな酔眼の詩でも読んで無聊を慰めるしかなかろう。せっかくだから私のエロシェンコについての短文も、この詩の引用で終わらせよう。古書店で偶然『ある酒詩人の死』という小説に出くわさない限り、なかなか読む機会もないだろうから。

        安堵したいときには三時にそこへ行くのがいちばんいい
   三時でなければならない
   その前では遅い昼食をやっている連中がいたりするし
   そのあとでは夜を待てずに
   ここを始発にして飲み出すやつらがやってくるからだ
   だからそのあいまがちょうど三時

   だれにも知らせないで
   ぼくはもう長い間
   三時のこのビヤホオルを安住の地にしている
   時には幽かにピアノがぽろんぽろん鳴っていたり
   西洋人がじつにいい姿勢で黙然としていたり
   細君のお産を気にしながら 小さな男の子を相手に飲んでいる男がいたり
   そんな中休みをしているような客が
   天井の高い広々としたビヤホオルのあちこちにぽつんぽつんといるのだ

   この店に働いている人たちは
   不思議と客の顔に露骨な視線を当てることがない
   運ぶものを運ぶと
   隅々のがっしりした柱の傍に戻って静かに立っている
   そんな中でぼくは 豊まんな体つきの
   農婦たちがおおらかに穫り入れをしている壁画を飽きもせずにながめる
   まったく だれにも遠慮しなくていいのだ
   だれもぼくのことをみていやしないし
   それでいて
   片手さえ上げれば柱の傍からいつでも用件をききにきてくれるのだ

   ほんとうに
   こんなに安堵できるところなんて
   めったにあるものじゃない
   午後の三時 この場所はだれにも
     決して教えてやらない

   ――遠くのほうから みるともなしに
   静かに見守られているというのはいいものだ
   元気になってぼくは
   ようやく黄昏はじめる街へ出て行くのだ

2008-07-10

ドリーマーズ

スタッフが『世界一の映画館と日本一のフランス料理店を山形県酒田につくった男はなぜ忘れ去られたのか(講談社刊)という長いタイトルの本を貸してくれた。お金は貸すのも借りるのもつらいが、本の貸し借りは好むところ。職場たる映画館を題材にした本はなおさら。嬉しかったので当欄に書いてみた。

この本を知ったのは、ちょっと前の新聞の書評。さっそくホームタウン青梅の図書館のサイトを検索したら貸し出し中で、それっきり忘れていたもの。書評の印象から、バリバリかつゴリゴリの地方実業家の一代記と思い込んでいたが、読んでみたら大間違い。酒田の町の伝説の男、佐藤久一は周囲に対して「透明な膜」を身にまとった、繊細で夢みるような長身白皙のメガネ美男。二十歳の誕生日に家業の映画館の支配人となった久一は、時代を先取りした発想を続々と生み出し、夢の城造りに邁進してゆく。

その発想力の凄さは、役場にも銀行にも冷房設備のない昭和20年代に、井戸の冷気を天井裏に汲み上げ、送風機でシャワーのように場内に流したことからもわかる。館内の快適さを徹底的に追求する姿勢は「今日のシネマコンプレックスの魁」で、かの映画評論家の淀川長冶まで、地方都市酒田にある久一の映画館こそ「世界一」だと太鼓判を押した。

ここまでなら「フーン、エラい人ね」で終わってしまうが、佐藤久一の生涯が一巻の物語となる所以は、客として訪れた美女と恋に落ち、手塩にかけた映画館も糟糠の妻のいる家庭も投げ捨てて、東京へ出奔してしまうという予定調和のないところ。その後、当時の最先端の文化ホールである日生劇場に就職。いろいろあって食堂部門に左遷されるが、災い転じて料理の面白さに開眼。再び郷里酒田に戻った久一は、フランス料理店を開業。採算を度外視してまで素材にこだわり抜き、食通として著名な作家、開高健をして「日本一のフランス料理店」と言わしめるまでに至る。

やはりここまでなら「フーン、エラい人ね」で終わってしまうが、この本の最大の魅力は光だけでなく、晩年の久一の失速という影の部分もしっかり採り上げている点にある。久一の金銭感覚の欠如が招いた数億円の累積赤字。さらに経営から離れたとはいえ、かつての夢の城である映画館の出火から引き起こされた歴史に残る惨事、酒田の大火。ついにアル中となり、周囲からも孤立。優秀なコック、接客スタッフ達も続々と離反してゆき、「私は何も成しとげられなかった。夢を見続けているだけなんだ」と呟きながら終焉の時を迎える姿はあまりにも痛ましく、涙なしには読めない。

ちなみに同じ映画業界から飲食店経営というルートで成功した人物の回顧譚に『上海シネマと銀座カライライス物語-波瀾万丈、柳田嘉兵衛の80年-』がある。銀座にあるカレーの名店として、今でもテレビや雑誌へ頻繁に登場するニューキャッスル店主の一代記。戦前に浅草六区の映写技師からスタート。上海に渡って映画館支配人となり、さらに巡回映写で中国各地を転々。戦後、命からがら引き揚げてきてからは、銀座でカレーライスの店を開いて成功。激動の昭和をバイタリティで生き延びた男の物語だ。その主人公、柳田嘉兵衛を陽とするなら、佐藤久一は陰。対照的ながら、世間体やしがらみに囚われることなく、興が湧くまま奔放に生きたところが共通している。どちらの本も読後、「どうせ一度限りの人生さ。思う存分やってみよう!」という気持ちになれること請け合い。

ついでながら映画館関連本としてオススメの本を2冊。まずは居酒屋探訪著書で名高い太田和彦の『黄金座の物語』。1週間に1日だけ開く、古き良き日本映画専門館を巡るレトロ風味満載のお話。次にロジェ・グルニエ著『シネロマン』。フランスの田舎町で映画館マジック・パレスを営む一家の悲喜こもごものお話。どちらも映画&映画館好きの琴線に触れるはず。この2冊、久々に読み返したかったが、誰かに貸したままになっていて、今は手元にない。

2008-06-13

ぼくの大切なともだち その2

ちなみに、かさばる1000%ベアブリックを自宅へ持って帰ろうかとも考えたが、相容れなさそうな先客がいて・・・。

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愛用のぬりかべ座椅子↑

ぼくの大切なともだち その1

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8月公開の『デトロイト・メタル・シティ』の前売券が発売中。

特典としてミニサイズのベアブリックが付く。限定数だったので、もう終わってしまったが。

販促用に1000%サイズのベアブリックをもらった。もう表には出せないので、隣のデスクに座らせた。

なかなかキュートheart04

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スタッフがパソコンを使う際はおヒザの上に↑

2007-09-08

珈琲時候

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前の日記で話題にした〈喫茶ホームラン〉というフィギュアを入手できたので、さっそくこの場で見せびらかす。小さすぎるのが難点だが、本棚に飾っている。

Photo_15水木しげるの『ゲゲゲの鬼太郎』の原作マンガから造形したもの。子供の頃から親しんできた絵なので、何とも懐かしい。案に苦しむ水木先生が喫茶ホームランの扉を開けた際、本物の鬼太郎に遭遇するという一篇。基になったコマをプリントした小紙片まで付いていた。

水木マンガには、他にも喫茶店がよく出てくる。一杯のコーヒーに秘められた、限りない憩いを教えられたような気がする。

最近は喫茶店にご無沙汰。せっかく入るからには、1時間くらいはボーッとしていたいが、そんな余裕はどこにあるのさ? 回転寿司や牛丼屋ではないのだから、コーヒーを飲んで、そそくさと出るだけではつまらない。

余裕なき身の憩いとしては、道々自販機で缶のサイダーを買って、公園でもあれば木陰のベンチで避暑するくらい。盛大にゲップしながらサイダーをゴクゴク呷っていると、子供の頃の時間が戻ってきたみたいで、ちょと楽しい。

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でも、いつの間にか秋。コーヒーに相応しい季節。また神保町や西荻でも散歩して、ぶらりと喫茶店に立ち寄る時間も、そのうちできるだろう。

2007-08-24

お化けのいない八月

立川のシネコンにて、往年の名匠・山本薩夫監督の牡丹燈籠(’68)を上映していたので、さっそく観てきた。

今や旧作・名作は余力あるシネコンが上映する時代。ミニシアターの出番はなくなった。

この牡丹燈籠、オールドファッションかと思いきや、とても楽しめた。CG無縁の手作り感覚が逆に怖くて、艶っぽくて、大笑いできる逸品。「幽霊に足がない」ということが、素朴に恐ろしくなる映画。

途中、子供の頃にテレビで観ていることに気づいた。昔は夏休みになると納涼怪談映画をよく放映していたっけ。そういえば街のあちこちで、お盆にはおどろおどろしい幽霊や怪猫映画ポスターを見かけた。

ことに銭湯。立川の6畳4畳半二間の極狭風呂なし都営住宅育ちの私は、日々銭湯通い。脱衣所の上方壁面には当時この街に6、7軒あった映画館のポスターがズラリと貼り出され、夏は東西お化けどもの大競演。お岩嬢の目の上の腫れ物とミイラ男の埃っぽい包帯姿に、子供だった私は震え上がったものだ。昭和40年代の話で、映画業界の斜陽が叫ばれ始めた頃とはいえ、まだまだ生活に映画が溶け込んでいた時代だった。

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終わって、この映画のポスターが気になり、階下のポスタースペースまで見に行ったが、往時の宣材を入手できなかったのか、スチールを使って新たに作り直した味気ないものだった。他に上映中の尾上菊之助主演『怪談』のポスターもあったが、「おどろおどろしさ」とは対極の上品さ。

まあ、時代も違うし、巷でもっと怖いポスターに遭遇したので、これで良しとするが。

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↑これが怖いという私は臆病者?

2007-08-04

打ち上げ花火、家から見るか? 人混みから見るか?

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自宅マンションの通路から撮った青梅花火大会の眺め。数年振りに休みと重なったので、3,100発の花火を堪能できた。最近の花火の進化は感動的! 携帯電話のカメラで何度もトライしてはみたが、星空より大宇宙を感じさせるSFチックな光の乱舞を収められなくて残念。

職住近接ならぬ花火住近接が夢だった。私が子供だった昭和40年代、当時住んでいた4階建ての都営住宅の屋上からは、立川基地の花火がバッチリ見えた。友達を招いてありがたく拝観させるのが、団地暮らしのステイタスだと思ってきた。だが、いつしか周辺に高層ビルが乱立。夜空を彩る花火の前に、妖怪ぬりかべの如く立ち塞がってしまった。

それでもドーンという景気の良い音が聴こえると、無性に血が騒いでフラフラと出かけてはみたが、会場付近は凄まじい人、人、人で芋洗い状態。前後左右から浴衣のカップルに取り囲まれて、パックのしらす干しの中にポツンと混じった小蟹になった気分。以後、花火の夜は目も耳も覆ってやり過ごすようになった。

それが青梅に移って、おうち花火との縁が復活。この僻地ならビルで遮られることは、未来永劫ないはず。

ただ、田舎ならではの脅威もある。ベランダから懐かしの立川の花火大会が遠く眺められたのだが、次第に樹木が生い繁ってきて、ついに今年はまったく見えなくなっていた。

2007-08-02

食べれども食べれども

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青梅線の福生の街に美味しい蕎麦屋がある。

まあ、どうでもよいことなのだが、当館で上映中の『キサラギ』と店名が同じなので・・・。

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海老天満載の〈ぶっかけそば〉は、大盛にしてもらっても同じ値段なのが泣かせる。

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ちなみに私は蕎麦っ食いなので、いつも〈せいろ〉2枚を追加。さらにスイーツ好きでもあるからして、デザートに〈杏仁豆腐〉まで注文。実は〈せいろ〉の7、8枚はまだまだ腹に収まるが、周囲の眼と財布の事情から、そのあたりが潮時。

『わんこそば全日本大会』というものが、岩手で毎年開催されているとのこと。全国津々浦々から蕎麦好き達が集まり、食べ比べをするらしい。私も思いきって参加してみようかしら。現在、体重50キロにも満たぬ痩せぎすの身だが、蕎麦の大食いにかけては、かのギャル曽根嬢に勝るとも劣らないような気がする。

2007-07-09

大江戸浮世風呂

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先日、A社の皆様とお正月公開『CHAPTER27』(原題)の壮行会を兼ねた酒宴があった。趣向が変わっていて、場所が六本木の某温泉スパ。

正直言うと、風呂付飲み会には少々抵抗があった。団体旅行じゃあるまいし、いきなり裸の付き合いだなんて! しかも男性陣であるA社のK氏もうちのTも、痩せて貧弱な私なんかが束になっても太刀打ちできない偉丈夫ではないか!

直前の会議が長引き、六本木へと急ぐタクシーの車中でもブツブツ言いどおしだったが、いざ温泉に到着して、ロッカーキーとタオル一式を渡されると、あら不思議、すっかりその気に。洞窟みたいな温泉にザブンと浸かり、シャンプー&リンスまで済ませ、真赤に火照った顔で同スパ内の蕎麦屋へ。湯上りのビールをガボガボ飲んで、何とも幸せ気分!

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浴衣姿が可憐なA社K嬢↑

蕎麦屋を出た後も六本木ヒルズを臨む露天の足湯で寛ぎつつ、皆でコロナビールを回し飲んだりして、ただの飲み会以上に新鮮かつ親密な交流ができた。

これは楽しい! A社の皆様、またやりましょうね! 同業他社の皆様も、是非お試しあれ!

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足湯でリフレッシュするA社K嬢とスタッフT↑ その場では気づかなかったが、こうして写真で眺めるとなかなか艶っぽいではないか!?

2007-05-02

映画日和

ゴールデンウィーク真っ盛り。娯楽行楽数々あれど、映画だって面白そうな新作が目白押し。私は職業柄、連休とは無縁。でも、合間をぬって観まくるつもり。

いの一番に観たのは、『ゲゲゲの鬼太郎』さ。ファミリーで賑わう中、おじさん独りで鑑賞するのは勇気がいったが、スクリーン上で不気味に蠢く妖怪の群れには、すっかり魅了された。空を切る鬼太郎のリモコン下駄、炸裂する髪の毛針、さらに宙を舞う一反木綿、しなやかな猫娘のダンス、客席まで漂ってきそうなねずみ男の口臭・体臭・屁臭、目玉親父の収縮する瞳孔。どれも最新VFXを駆使した実写版ならではの大迫力。

他にも、興味深い映画がいっぱい。お向かいの映画館で上映中の『神童』『恋愛睡眠のすすめ』にもそそられるし、『バベル』で私だって体調不良になってみたい。『スパイダーマン3』は、アメコミの映画化への偏見もあって前作・前々作ともに観ていないが、それでも楽しめるかしら? そして当館では5月5日から『The 焼肉ムービー プルコギ』が始まる。

ちなみにゴールデンウィークという言葉は映画業界が発祥とのこと。だからNHKのニュースでは、「大型連休」という言葉をあえて使っているらしい(きっとヤヤコシイ決まりでもあるのでしょう)。

何はともあれ、皆さま、連休中は映画館へ足をお運びあれ!

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話は変わって、愛用の『一反木綿』バスタオル↑

2007-01-20

メイド・イン・神保町②

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また神保町の続き。

右のCDは、神田古書センターの階段に貼ってあったポスターで知った。『古本屋のワルツ』というタイトルと演奏する三人組の楽しそうな表情に心惹かれ、このビルの最上階にある中古専門店富士レコード社にて購入。

演奏は黒船レディと銀星楽団というグループで、列車に置き忘れた本を古本屋で探す中年男の物語が、軽快に歌われている。昨秋の「神田古本まつり」に合わせてリリースされた神保町発信のCDとのこと。この街に相応しい、どこかノスタルジックで幸福感に満ちた歌の数々。

もう一枚はクラシックの歌手による往年の昭和歌謡や映画挿入歌。ひた隠しにしてきたが、実はこのCDにも入っている『夢淡き東京』という歌をとてつもなく好んでいる。サトウハチローの詞も良いが、曲の真ん中あたりで明るく転調するところなんかゾクっとくる。私の数少ないカラオケのレパートリーで、同世代以下にも素晴らしさを認知させるべく、過去2回だけ披露してみた。だが、懐メロ=ダサイという偏見を打破できるだけの歌唱力を持ち合わせていないためか、どうにも反応が冷淡。しつこく歌い続けてじじムサイ奴と思われるのも癪なので、今では封印してしまったが。

明朗快活一辺倒の本家・藤山一郎の『夢淡き東京』より、ピアノを伴奏に正調ソプラノの発声で歌われたものは、さすがに凛として調べ高い。このCDは数年前に発売されたが、買おうかどうか迷っているうちに、たちまち廃盤。今回、たまたま中古ショップでめぐり会えたが、マニアックなものになればなるほど再流通のチャンスは少なくなる。大して値の張らないものなら、躊躇せずに即効でゲットした方がいい。サイクルが早い世の中、あれよあれよと消え果ててしまうから。

この日、面倒だが神保町から神楽坂まで歩き、不二家神楽坂店限定〈ペコちゃん焼き〉を買いに行った。以前、散歩ついでに食べてみて、とても美味しかったので。数日後にTVのニュースを見ていたら、あれま、不祥事のあおりでこの店まで無期限休業。ぎりぎりセーフ。一寸先は闇だ。

今日あるものが明日もあるとは限らない。映画館だって、この先どうなるのやら。 DVDなんて待ってないで、どんどん映画館で見ましょうね!

2007-01-18

メイド・イン・神保町①

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前回の神保町めぐりの続き。

硬軟取り混ぜて古本をいろいろ買ったが、その中の一冊。ルネ・マグリットの絵画が表紙の〈少年マガジン〉1970年12月6日発売号。

マンガ雑誌としてはあまりにも美麗かつ高尚。もっとも当時の文化指数が高かったというより、同じ頃に巻頭特集を飾った水木しげるやチャールズ・アダムスの怪奇画と同レベルのサブカルチャー的範疇での紹介が目的なのだろう。マグリットだけでなく、エッシャー、アンソール、エルンスト、ルドン等の幻想絵画を、私は当時のマガジンやマンガで知った。

70年代初頭の〈少年マガジン〉は、早大で「手には(朝日)ジャーナル、心にマガジン」と謳われ、立花隆に「現代最高の総合雑誌か?」と論評された。つまり子供の読みものではなくなっていて、小学生だった私は〈ぼくらマガジン〉〈少年ジャンプ〉をもっぱら愛読。マガジンは行きつけの理髪店の待ち時間と散髪中にまとめて読んだ。背伸びして、未知の世界に触れる感じ。

帰って、このマグリットの表紙をめくってみたら、プーンと整髪料やシャボンの香りが鼻腔に蘇ってきた。

2007-01-13

新・文学飯店

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神保町での古書店めぐりの合間に淡路町まで足を延ばし、創業明治40年の老舗洋食屋松栄亭で、かの夏目漱石も親しんだ〈洋風かき揚げ〉を食べてみた。記念撮影まで敢行したので、せっかくだから掲載。

松栄亭にはこれまでにも幾度か立ち寄ったが、TVや雑誌でも頻繁に紹介されているこの看板メニューをオーダーしたのは初めて。ネットその他での評判がイマイチなので、何となく敬遠してきた一品。今回食べてみて、「あらら、美味しいではないか!」というのが、率直な感想。皆さん、期待過剰か、口が奢っているかのどちらかでは? 表面はカリカリに揚がっていて、中はフワフワのドーナッツみたいな生地に豚肉とタマネギがゴッチャリ。揚げたてのアツアツにウスターソースをジューとかけて頬張る。まずいわけがないでしょう! 揚げ物特有のしつこさがなく、脂が苦手の私でさえ、すんなり食べられた。

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これが断面さ↑

ライスも注文して、かき揚げをおかずにしようと思ったが、奮発してハヤシライスに。こちらは好き嫌いが分かれそう。デミグラスソースというよりウスターソースみたいな味付け。かき揚げにもソースをかけ回したので、ソース三昧のソース尽くし。昭和を更に遡った明治レトロな味わいかも。

近くのテーブルで食事していた往年の二枚目俳優・上原謙に似た初老の紳士は、かき揚げ&ライスにオニオンスープを添えていた。私も次回はこれでゆくつもり。

2007-01-11

めぐらない時間たち

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あちこちの図書館のHPで、読みたくなった絶版文庫を探索。やっと立川の図書館の分館で発見、寒さにもめげず、電車と徒歩で片道1時間かけて出向いた。その本を所有できないことだけ我慢すれば、図書館も便利。

かつて立川に住んでいた際、この分館にもよく通った。20年以上前の話。久々に訪れて気づいたのは、頑ななまでに当時と変わっていないこと。棚に収まった本の殆どが陽に晒され、背表紙は青白く褪色。もちろん新刊の補充もあったはずだが、棚を見回した限りは古参本を追いやるほど入れ替わったとは思えなかった。

最も吃驚したのは、音楽のカセットテープがあの頃のまま、現役バリバリの貸し出し用として堂々と陳列されていること。彼らを脅かす存在であるはずのCDなんか、ひとつも置いていない。

これを文化予算の貧困&行政の怠慢と見る向きもあるかもしれないが、私はむしろ潔さを感じた。さっそく当時何度も借りて聴いたテープをお目当ての本と一緒に持ち帰った。往年のトランペットの名手モーリス・アンドレがハープの伴奏で様々なクラシックのメロディを奏でた小品集。どうってことないイージーリスニング調の編曲物なのだが、輝かしい金管楽器のイメージを裏切る柔らかで繊細な音色で吹かれたバッハやグリーグを、青年の私はいたく気に入り、このテープを愛聴していた。今も思い出したようにショップやカタログで探してみるが、CD化されることもなく、すっかり忘れ去られてしまった極私的名盤。帰宅後、窓外に広がる夕焼け空を眺めつつ20数年ぶりに聴き返したら、懐旧の情を通り越して、こちらの気分まで黄昏れてしまったが。

激変に次ぐ激変が日常茶飯の世の中、たまには変らなぬものがあってもいい。パリでは『天井桟敷の人々』だけを延々上映している映画館があるとのこと。ロンドンでも何十年も同じ芝居を上演している劇場があって、保守的な市民気質にマッチしたのか、定番中の定番として、お客の入りが落ちることなく続いているらしい。そういえばシネクイントのオープン時、『バッファロー'66』が大ヒットして、34週もロングラン。まあ、これは古き良き時代の出来事。

2006-12-31

ショート・カッツ

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大晦日と言えば、蕎麦。もう食べました?

私はホームタウン青梅にある贔屓の蕎麦屋に赴きました。店名は内緒。

とっても美味ですが、少々細く短いのが難。

食べたのは鴨汁蕎麦大盛り&おろし蕎麦普通盛り。それでも、胃袋が満ち足りず、帰ってからベビースターラーメンをポリポリ。これまた細くて短か過ぎ。年の瀬としては縁起が悪いけれど、来年から例のごとくチェーン店の太くて短くもない「さぬきうどん」ばかりの日々が始まるので、これもまた良し。

で、このベビースターラーメン〈うま塩味〉をつまみに、とっておきの澤乃井大辛口をチビチビやりながら、今年最後の日記を書いた次第。

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2006-12-28

詩人の声

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ちょっとマニアックかもしれないが、『よみがえる自作朗読の世界』というCDを買った。北原白秋、坪内逍遥、与謝野晶子、室生犀星その他、国語の教科書でおなじみの明治大正の錚々たる詩人・歌人の肉声が聴ける。

実は萩原朔太郎のファンで、本人の声を聴きたくて購入。さっそく炬燵で寝転がって聴き始めたが、真ん中くらいに入っている朔太郎にたどり着く前に眠りこけてしまった。どれも昭和天皇の戦時中のラジオ放送を思わせる訥々とした口調で、催眠効果抜群。

商売柄、盆暮れ正月には縁がない。それでも大晦日と元旦だけは休みを確保した。何の予定もないのだが。

そんなこんなで寝正月の友はこの催眠CDと蜜柑、そしてシネクイントの下のフロアで開催中のウルトラマン展で買ったマグカップ。

2006-12-14

銀幕のメモワール

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いつの間にやら、来年のカレンダーが出回る季節に。私が購入したのは、今は無き立川の映画館カレンダー

かつて立川には、10軒もの映画館があった。当時、この街に住んでいた少年の私を誘い、そのスクリーンに映された大いなる幻影のおぼろげな記憶だけを残して、無惨にも取り壊された魔法の殿堂。

カレンダーのサブタイトルは「昭和色-立川の風景」。世間は昭和レトロブームとのこと。個人のささやかな想い出の断片まで「昭和」という年号で一括、他人との共有を強いられるみたいで、いささかウンザリ。でも、その産物としてこんな商品が手に入るのなら歓迎だ。

ああ、時空を越え、物質の壁を越えて、カレンダーの中に甦ったこれらモノクロームの映画館へ入り込み、かつて馴染んだシートに身を沈めることができたなら! わずかな時間でいい、私の周りから去って行った懐かしい人々と再び巡り会い、一緒にあのスクリーンを見上げることができたなら!

2006-11-22

茶の味

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立川の昭和記念公園の入口ゲート付近にある「おーい、お茶」でおなじみのⅠ園の飲料自販機に、〈のびのび公園茶〉なる見慣れぬ緑茶のペットボトルが紛れ込んでいた。こちらは公園緑地管理財団の公園オリジナル商品とのこと。

木々や花、鳥や蝶が舞うパッケージの絵柄に晴れ晴れとした開放感があり、せっかく公園に来たのだからと、ついつい他の商品を差し置いて買ってみた。味の方も、昨今の新製品の濃く甘くという風潮とは逆行して、昔の駅売りのお茶(駅弁の友として、蓋をコップにして飲んだ)を思い出させ、何とも懐かしい。

興行組合でも映画館限定で同じようにパッケージを工夫して、「ワクワク映画館コーヒー」とか「ハラハラ映画館コーラ」とかを売り出せばいいのに。それなりに売れるのでは?

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↑左は新発売「洋食屋さんのハヤシライス味」ベビースターラーメン。デミグラソースの焦げた風味まで完璧に再現!

2006-11-20

新・プロレタリアートの秘かな愉しみ

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ちょっと前だが、防火関係の研修で秋葉原にある消防施設に赴いた。上の写真は、その帰りに購入した自分へのアキバ土産。

秋葉原の地を踏んだのは、この時が初めて。私のオタク指数は、せいぜい中野ブロードウェイのレベル? 噂に聞くメイド嬢達が、あちらこちらでチラシを配っていた。せっかくなので写真撮影して、ここに貼り付けたかったが、女王様に豹変されてトラブルになるのも恐ろしいので、やめておいた。

アキバ土産に話を戻すと、写真はゴジラの息子ミニラのソフビ。もちろん当時のオリジナルではなく、復刻版。オリジナルは数万円というバカバカしい額で取引されているが、こちらは2千円でお釣がくる。

これらの怪獣ソフビは、私の幼い頃、60年代後半から70年代半ばにかけての怪獣ブームを担う主力商品。男の子なら誰でも何匹かは持っていたはず。私だって4、5匹持っていたが、周囲の子供達の中では少ない方。たいていは10~20匹以上のコレクションを誇り、厳選した自慢の怪獣を引き連れて、お互いの家や公園の砂場、銭湯を行き来した。

上のミニラは他のものに比べて形状が小さく、その皮膚の色もスクリーン上の「実物」のグレーではなくグリーン。親の七光りに胡坐をかいた、強そうでも可愛くもない少々気持ち悪いだけのシロモノで、当時は人気のないソフビのひとつだったと記憶している。どうせ親にねだって買ってもらうなら、もっと魅力的な怪獣を選んだ。

でも、大人になった今、ビニール袋に封入されてショップの店頭にぶら下がったミニラ姿を見かけたら、怪獣らしいパワーの無さに慰めと親しみが感じられ、グリーンの地肌にメタリックブルーを吹き付けた鮮やかな色合いと、細部のグロテスクな造形とのアンバランスさに不思議とそそられた。白目の部分の塗装がはみ出していて、いじめられて涙目になったチビ太みたい。当時の怪獣ソフビ全般に言えるのだが、着ぐるみのリアルな再現を第一とする現在の怪獣フィギュアと違い、デフォルメの効いた造形の妙が特徴。美大出であろう原型師が怪獣を素材として存分に腕を振るったアバンギャルドなアート感覚と、子供向け玩具の愛らしさを保とうとする義務感との微妙な均衡が楽しい。

そして、何よりもその匂い。塩化ビニール独特の臭気と言ってしまえばそれまでだが、懐かしい少年の日々へとタイムスリップさせる匂い。怪獣ソフビは言葉に尽くせぬノスタルジーを喚起させてくれる。追憶の領域に置かれた夢見るオブジェ。

数体の復刻版ソフビを所有しているが、大人になって空想力が減退した身には、それらで遊ぶという行為がかなわない。ときめく思いは買って持ち帰った瞬間に失せ、後はクローゼットの片隅で埃を被って転がっているだけ。このミニラも、目に涙を湛えたまま同じ運命をたどるのだろう。

2006-11-18

続々・プロレタリアートの秘かな愉しみ

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昼休みに、そそくさとランチを済ませて職場近くのBunkamura ザ・ミュージアムへ出向くことが。これが私のささやかな目の保養。今日も立ち食いソバの出汁と葱の匂いをプンプンさせながら、開催中の〈スーパーエッシャー展〉を見に行った。

エッシャーは「だまし絵」で知られるオランダの版画家だが、60年代終わり~70年初頭に少年マガジン誌上でその精緻にして不思議な世界が連載されたり(怪獣ブームの仕掛け人・大伴昌司構成の『ふしぎ特捜隊』コーナー)、堂々と表紙を飾ったりして、当時100万部突破を謳うこの人気少年誌で字を覚えた私には、週刊新潮表紙絵の谷内六郎や木馬座ケロヨン影絵の藤代清治と並ぶ郷愁の画家。もしかして懐かしい掲載誌や連載記事も展示されているのではと期待して見に行ったのだが、裏切られることなく全てが会場壁面に勢揃い。

チケットを買って入ろうとした際、男性スタッフがキャスター付きのガチャポン自販機を押しながら去ってゆくのを見かけた。当館のレイトショーで上映していた『ヅラ刑事』のアフロかつら自販機と同じメーカーのもの。エッシャーの版画に登場する虫とも蜥蜴ともつかぬ奇妙な生物その他のキャラクターがフィギュアになって、会場限定で販売中? 見終ってショップをのぞいたが、どこにも自販機は置いてなかった。売り切れたので引っ込めたのかも。うう、欲しい! 本棚へキモおしゃれに並べたい! 帰ってネットで調べたら、やっぱりエッシャー展の関連フィギュアが存在していた! く、く、悔しい! もう一度行っても、あるとは限らないし・・・。

2006-11-16

続・プロレタリアートの秘かな愉しみ

「趣味は読書」なのだが、本の入手先は図書館か古本屋が主。それでも時には新刊本を買うことも。

昨夜も渋谷パルコの地階のリブロで、選んだ2冊を手にレジへ並んだ。私の番になった際、カウンター内で他のお客と応対中だった店員のHさんがすっと寄ってきて、こちらのレジで何か操作をすると、また戻っていった。表示板の金額を見たら、あれま、魔法のように安くなっているではないか! Hさんには上映作品の関連本の仕入れでいつもお世話になっている。パルコの社員証を提示すれば割引になるのだが、迂闊にも持ち合わせていないことばかり。気を遣ってくださったHさんに感謝。目礼だけですみません。

それにしても書店の仕事は大変そう。何よりも扱っている商品の数が膨大! ウチなんかレイトショーも含めて2作品だけなのに。

今朝の朝日新聞に「書店員ブーム」のことが載っていた。書店員が選ぶ本屋大賞は売れ行きを大きく左右し、手書きの推薦コメントも批評家以上の影響力を発揮。さらに書店を舞台にした小説の刊行も相次いでいるらしい。記事の中で紹介されていた小説『配達あかずきん』『東京バンドワゴン』は私も読んだ。図書館で借りたのだが。

知的な雰囲気をキープしつつ、重労働を淡々とこなす書店員さん。これからもHさんらの働き振りを遠目で観察しながら、来るべき「映画館従業員ブーム」に備えようではないか。

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購入した2冊。さっそく布団の中で読んだ↑

2006-11-14

プロレタリアートの秘かな愉しみ

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コンビニおでんの美味しい季節が到来。写真はセブンイレブンの〈屋台のおでん串〉105円。赤塚不二夫のマンガ『おそ松くん』に登場するチビ太のおでんを想起させる形態。

子供の頃、そのチビ太のおでんがアップになったカラー刷りの表紙か何かで、その具材が上から順に〈コンニャク〉〈さつま揚げ〉〈ちくわぶ〉であることを確認した覚えが。セブンイレブンのものは一番下が〈ちくわぶ〉ではなく〈ちくわ〉なのが惜しい。

私が〈ちくわぶ〉にこだわるのは好物だから。マンガの『おそ松くん』では、昼間っからおでんの屋台が住宅街に出現し、おなかを減らした子供達が取り囲む。これはおそらく昭和30年代の風物で、私の少年時代である40年代前半にはポピュラーではなかった。

でも一度だけ、ちょうど3時のおやつの時間に、おでんの屋台が私の住んでいた団地にやってきたことがあった。小学生だった私は母親から小銭を貰って駆けつけた。ゲットしたのは〈ちくわぶ〉。チビ太のおでんの肝心要の部分だから。実はそれが〈ちくわぶ〉初体験。さっそく母親に見せたら「そんな栄養のないもの買うなんて!」と怒られた。それでも、一口齧っただけで、モチモチした食感と出汁の絶妙な沁み加減に陶然となった。以来、おでんで熱燗という機会には欠かせぬ一品。

ちなみにセブンイレブンで今回〈ちくわぶ〉も買ってみたが、煮え過ぎてグズグズ、少々辛かった。具材としては、扱いがなかなかデリケートなのに違いない。

2006-11-10

続・文学飯店

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久々にホームタウン青梅の天徳で晩ご飯。創業明治何年という老舗の天婦羅屋で、往年の文士、佐藤春夫や檀一雄も足繁く訪れたとのこと。檀一雄の小説『火宅の人』にもこの店が登場するらしいが、20年くらい前に東映で映画化された際に読んだだけなので(しかも途中で投げ出す)、まったく憶えていない。店内には証拠品として太郎&ふみ兄妹含む檀ファミリーの色紙が飾ってあった。

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私はこの店の天丼が好物で、5年に一度くらいの頻度で訪れる(好物とは言えないか)。昨今の主流であるサクッと軽い口あたりのものと違って、ゴマ油の風味豊かなポッテリ系の味わい。分厚い衣に辛めのツユが滲み込んだのをご飯と一緒にモリモリかき込んでいると、不思議とマッチョな気分になってくる。かの檀流クッキング=男の料理本の著者が愛した天丼というイメージから来るのかもしれないが。

天丼を待つ間、飲食店としては珍しく、マンガや週刊誌が皆無でハードカバーの本ばかり並んだ棚を眺めていたら、奥から店の女性が出てきて「好きな本を持って帰って。捨てるだけだから」と唐突に言われる。読みたい本はなかったが、せっかくなので脚本家の山田太一のエッセイ集『逃げていく街』を頂戴した。お客は皆、お土産に本をもらうのかしら?

食べ終わってお金を払う際、何気に厨房をのぞいたら、かなりの年配(要するにおじいさん)の主人が丸椅子にちょこんと腰掛けていた。聞くところによると後継者がなく、主人の状況次第ではこの由緒ある店はジ・エンドらしい。次回訪れる時(5年後?)には、どうなっていることやら。

2006-11-09

文学飯店 

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ホームタウン青梅に、ロバート・A・ハインラインのSF小説『夏への扉』(ハヤカワ文庫に入っている)と同じ名の喫茶店がある。時たま図書館帰りに立ち寄り、カレーとコーヒーのセットでランチタイムを過ごす。とにかく陽当たり良好の店で、長居していると真冬でも顔が焼けしてしまう。それで店名が『夏への扉』? 

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カレーには炒めた野菜がたっぷり入り、ライスは玄米というヘルシーさ↑ 

喫茶店ランチは食後もダラダラと本を読みながら長居ができるので、私みたいに平日休みで時間を持て余している人間には、何とも居心地が良い。この店が気に入っているのは、窓の外をひっきりなしに電車が通るからでもあるが。線路沿いの団地で育った身としては、ガタンゴトンと走り抜ける電車の音に郷愁のような安らぎを感じてしまうのだ。

そういえば、国立にH・ヘッセの小説『ガラス玉演戯』と同じ名の喫茶店があった。ずいぶん前にその店でやはりカレーを食べたが、まだ健在かしら?

2006-10-18

カレーなる一族

最近、ますます痩せているのが目立つようになった。顎から首、肩にかけての肉がゴッソリ失われ、骨格の曲線が明瞭に。おそらく体重も3~4キロは減ったのでは?

原因としては摂取カロリーの不足。レイトショーが始まると、どうしても勤務時間が長くなる。昼夜2回は外食することになるが、労働時間は延びても、あら不思議、給金の数字の横幅は伸びない。昼夜兼用にするか、一食は駅のうどんやコンビニおにぎり、菓子パン等で済まさないと破産してしまう。私の場合、新陳代謝がすこぶる良い体質なので、ちょっとでも食物の摂取量が減ると即座に体重に反映される。

そこで考えたのは、自宅で取る朝食の充実。と言っても、朝から何品も食べる気にならない。一品でドカンと胃に溜まるヘビー級の食料は? そこで登場したのはカレーライス。しかもレトルトなら、手間も時間もかからない。

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私のお勧めは中村屋のレトルトカレー。先日、立川の駅ビルの地下食品売り場にて、若くて可憐な女性が試食販売を行っていたので、片っ端から味見させてもらい(プラスチックの小さじ一口だが)、あまりの美味しさに数種類まとめて買い込んだ。ひとつ250円。新宿本店で食べる値段の5分の1くらいでは?

その新宿中村屋では、ずっと以前に『ハッシュ!』の橋口亮輔監督や主演の片岡礼子さんらとチキンカレーを食べたことがある。味はまったく記憶にないので、レトルトとの比較ができない。それでも他社のレトルトカレーに比べると、スパイシーな風味では群を抜いているように思える。毎日食べても飽きない。値段も店によって20~50円の幅があるが、安いことには変わりない。

小学生の頃、TBSの連続テレビ小説(現在のNHK同様、朝昼2回放映されていた)で『パンとあこがれ』という宇都宮雅代(最近、見かけないね)主演のドラマをやっていた。中村屋の創業者、相馬愛蔵・黒光夫婦が街のパン屋を経て日本で初めて純インドカレー店を開業するまでの波乱万丈の物語。当時、子供だった私は殆ど欠かさず観ており、私の中村屋贔屓はその頃に刷り込まれたのかも。まあ、レトルト限定の贔屓だが。

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↑カレーもいいけど、ハヤシもね♪

2006-10-10

変愛寫眞

前にブックカメラのことを書いた。淡く懐かしい写真が取れるというふれ込みだったが、現像されたものを見て愕然。あまりにも普通の写真だったので。

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私が撮った写真↑

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パンフレットにある写真。小さ過ぎてわかり難いが夢幻的な味わいが↑

ホームタウン青梅の河原を歩き回ってパチパチ撮ってみたのだが、これなら携帯電話のカメラと変わりない。パンフに偽りがあったか、こちらに写真の才能がなかったか。雰囲気ある写真にマッチした文章をでっち上げ、ここに載せるプランだったのだが。

もっともこのカメラは光量の加減が難しいらしいので、よく晴れた秋の一日に再チャレンジしてみるつもり。上手く撮れて、フォトエッセイストという輝かしき第二の人生が開けますように!

2006-10-06

寄席芸人の記憶

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立川の図書館の1階が市民ホールになっていて、落語の会をやっていた。本を返すついでに入ってみた。

二十年以上も昔、浅草の寄席に勤めていたこともあったが、今ではすっかりその世界から遠のいてしまった。聴くのも久々。この日は前座を入れて5人登場したが、春風亭昇太しか知らない。もっとも真打ちは昇太だけで、他は若い人ばかり。

昇太は私が寄席にいた頃、まだ前座。たしか森田芳光監督の『の・ようなもの』にも出演していて、顔は知っていた。仕事上のやり取りで言葉を交わしたこともあったと思う。眼鏡をかけた細面の知的な少年といった印象だったが、今ではさすがに肥えたというか恰幅が良くなって、相変わらず痩せたままの私からすれば羨ましい限り。落語界のホープと言われているだけあって、話芸だけでなくその一挙一動が場内を沸かせていた。

他の若手ら(名前を失念!)も面白かった。でも、顔こそ若年寄みたいだが、皆、私より一回り以上年齢が下なのだから恐れ入る。私が寄席にいた頃はまだ小学生! 落語家というと、私なんかよりずっと年長の粋な小父さんないしお爺さんといった固定観念ができ上がっていたので、ちょっとしたカルチャーショック。やれやれ自分も歳を喰ったものだ。

2006-09-27

デジャ・ブ シンドローム

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立川で『マッチポイント』『グエムル -漢江の怪物』をハシゴ。帰途、高島屋に寄り道して、北海道物産展をのぞく。

私が北海道物産展マニアであることは、ずっと以前、この日記でカミングアウトしたような気がする。エレベーターを降りてフロア全体に漂う海産物の生臭さと菓子類の甘さが入り混じった芳香を嗅ぐと、何とも言えず幸福な気持ちになり、ついつい財布を全開。この日も〈いかめし〉〈松前漬け〉〈鮭瓶〉〈ししゃも、さらに〈マルセイバターサンド〉3箱に〈白い恋人〉2箱を買い込む。

数年前までは〈マルセイバターサンド〉のコーナーに行列ができていたものだが、いつしかすんなり買えるようになった。空輸事情が発達して、こっちでも手軽に入手できるようになったからかもしれない。

北海道物産展の素晴らしさについていろいろ書きたいのだが、おそらくバックナンバーを延々とクリックしてゆくと、どこかに載っているに違いない。日記も7年以上続けていると、日々の出来事を書くという性質上、大事件や天変地異に巻き込まれるか、どこぞの映画業界人ブログみたいにセレブな日常生活を送らない限り、繰り返しは免れない。マンネリに陥った感じで、最近は何だか書くのも気が引けてきた。でも、7年分を全部読んでいる人なんて皆無だろうし、同じ題材を取り上げてもバレやしないか。

先日、図書館で講談社文芸文庫から出ている木山捷平の小説やら随筆やら詩集やらを7~8冊借り、このところ睡眠時間をナポレオン並みに削減して読み耽っている。どれもこれも面白いが、私小説作家ということもあって、同じ題材の再利用が多い。随筆を小説に膨らませたりとか、短編を長編の一章にしたりとか、ちょっと目から鱗。完全なフィクションならともかく、私事めいた雑記を書き続けるという営みは、きっとそういうことなのだろう。

まあ、小説家と自分を比べても仕方なく、このブログの記述を膨らまして、例えば一編の映画になるかどうかなんて別問題。

2006-09-23

霧の中の風景

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ブックカメラというものが本屋で売っていた。ロシア製で、淡く懐かしく写るというふれ込み。貼ってあった花々や風景のサンプル写真は、なかなかポエティックで味がある。ここはひとつ買ってみて、この日記用に使い、イメージを一新するのも面白いかもしれない。携帯電話で撮った写真みたいに、簡単には掲載できないが。

旅行の際にもカメラは持って行ったことがない。想い出を写真に残すより、ご当地の名物でも食べて舌に憶えておいてもらう方を選ぶ。

そんな私でも小学生の頃はカメラマンを気取ったことがあった。団地の隣室に住んでいた中学生のお兄さんから、使い古しのカメラを譲り受けたのがキッカケだった。玩具のようなミニサイズのものだったが、かえって子供には扱いやすかった。友達や両親、近所の風景をパチパチ撮った。すべてモノクロだった。今ではそのカメラも写真も散逸してしまった。写真に執着がないように書いたが、当時撮ったものが残っていたら、どれだけ慰めになったことだろう。

今、思い出したが、友達の一人とケンカした時、そいつの写真を壁に貼り、ボクシングのグローブをはめてポカポカ殴りつけたことがあった。当時はキックボクシングが大ブームで、チャンピオンの沢村忠は子供達のヒーロー。運動嫌いの私でさえ野球のグロープは持っていなくても、ボクシングのグローブは親にねだって買ってもらった(もちろん本物ではなく、玩具だが)。殴ったり蹴ったりしたので、きっと写真はボロボロになってゴミ箱に放り込まれたに違いない。その友達と仲直りした時、彼をもう一度を撮り直した。ネガから焼き増しができるなんて知らなかった。

閑話休題。今朝、出勤前に近所の河原へ下りて、水の流れや草花や雲を撮ってみた。カメラをかまえるのは小学生以来。24枚撮りのフィルムを使い切るまでには、数日かかりそう。本当に本屋にあったサンプルのようなものが撮れていたら、掲載したいのだが・・・。

2006-09-15

祭りの準備

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渋谷は週末にお祭りがあるらしく、裏通りを歩いていたら準備中の光景に出くわした。

コンビニの陳列棚みたいな渋谷の街にも、実は土着というか、地域にしっかり根を下ろした生活というものがあることがわかって嬉しい。

そう言えば、ずっと以前に某社のプロデューサー氏と飲んでいて、「渋谷の祭り」をテーマに映画を撮りたい旨の話を聞いた覚えがあるが、どうなったのだろう? 「都市の表層VS根っこ」みたいなものが描ける面白そうな企画だと思ったのだが。

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↑ちなみに私は生まれてこの方、お神輿を担いだことがありません・・・

2006-07-27

龍宮にいちばん近い亀

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出勤前のこと。駅への道すがら、あのウルトラマンの像が立っていた。

そこは青梅レトロ商品博物館なる建物の前で、〈ウルトラマン展〉を開催中とのこと。さっそく覗いてみた。

電車の発車時間まで少々余裕があった。もっともサイフの中身に余裕はなく、入場料300円は痛かった。

台本やら『帰ってきたウルトラマン』のスーツアクター・きくち英一氏のサイン入りパネルやらに混じって、ピット星人の円盤の残骸、ケムール人に襲われた遊園地のコーヒーカップのミニチュア、大亀ガメロンの甲羅が展示されていたのには、ちょっと感動。どれも当時の撮影で実際に使われていた貴重な品々。相当古びており、損傷も激しく、興味のない人にはただのゴミにしか見えないだろう。

他に見るべきものもなく、早々に退散。電車にも間に合った。300円損した気もしたが、まあ、『ウルトラQ』に出てきたガメロンの甲羅を見られただけでも満足と思い直して、良しとした。少年が亀を育てて、その背に乗って龍宮城へ行くガメロンの物語は特にお気に入りで、再放送も含めて何度も見ていた。

電車の中で思いついたのは、亀ならぬ電車で職場ならぬ龍宮城に行く物語。あれこれ捏ねくり回してみたものの、ちっとも面白くならないので、あきらめて寝入ってしまったが。