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2008-06-08

孤独に関する短いフィルム

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雨の休日。千駄ヶ谷にある民音の音楽博物館へ出向いた。

ここにはライブラリーがあって、音楽書や楽譜の閲覧、音源の視聴ができる。高校生の頃、学校をサボって潜り込むところと言えば、図書館、映画館、美術館、そしてこの資料館だった。当時は大久保にあって、電車賃に充てられるだけの小遣い銭があれば、真っ先に出かけた。

あの頃の私は、肉体的にも精神的にも脆弱な腺病質の少年で、病を得ては入退院を繰り返し、集団生活にも耐えられなかった。僅かな慰めは病床に持ち込んだ本と画集、ズタズタに短縮された昼のテレビ映画、そしてラジオから流れるクラシック音楽だけだった。

昭和50年代初頭、NHKFMはクラシック音楽の放送に今より大きな時間を割いていたが、それでも所謂「名曲」に集中していた。ベートーヴェンのピアノソナタだけで32曲、ハイドンのシンフォニーに至っては104曲もある。あれこれ聴いてみたくても、高校生に買えるLPレコードは、月1枚が限度。このライブラリーはありがたい存在だった。ヘッドホンを耳に、レースのカーテン越しに揺れる葉影を見つめながら、遠い異国、遠い時代の様々な作曲家達の未知の調べに聴き入った。

何故、今になって再訪したかというと、あるピアニストのレーザーディスクを観てみたかったから。演出は先年に亡くなられた実相寺昭雄監督。生前、円谷プロのウルトラシリーズ等でカリスマ的な人気のあった実相寺監督は、クラシック音楽の世界にも造詣が深く、多数のオペラやコンサートの演出を手がけている。最晩年にはモーツァルトのオペラ『魔笛』に、ウルトラ怪獣の着ぐるみを登場させて話題に。ただ、亡くなったからといって、監督が関わったクラシック音楽のビデオやレーザーディスクまでDVD化されることは、まったく期待できない。クラシック音楽が人気のないジャンルであることは周知の事実。しかも、このレーザーディスクはアレクシス・ワイセンベルクという、今では忘れられたピアニストの演奏を収録したもの。再び日の目を見る可能性は皆無。タイトルは『私のショパン』

20年以上も前、このパリに住むブルガリア人ピアニストのレーザーディスクが発売された際、『レコード芸術』誌に、やはり故人となった評論家佐川吉男氏の寸評が掲載された。細部は忘れたが、ありきたりとしか思えないこのショパン名曲集に底流する「異邦人の孤独」を見事に看破し、その素晴らしさを連綿と綴っていた。とてもセンシティブな文章で、私の琴線に触れた。直ぐに買い求めて、観ておきたかったが、単なる経済的事情から再生機もソフトも入手が叶わず、今日まで心の片隅に放置してきた。

年齢のせいなのだろうか、最近、この記憶の片隅の放置物品が気にかかる。買いそびれた古本、観そびれた映画。探し出し、埃を払えば、美しい宝物かもしれない。ささやかな落ち穂拾いだ。

当時、ワイセンベルクは「カラヤンのピアニスト」として数々のコンチェルトの共演レコードで名声を博し、額こそ少々禿げ上がってはいたが、映画スター並の苦みばしったマスクでCMや『徹子の部屋』にまで出演。絵に描いたような人気者振りだったが、今はどうしているのだろう? バリバリの技巧派だったこともあり、加齢による指の衰えも早かったのかもしれない。

二枚目だったカラヤン同様、精神面を尊ぶ我が国の批評家連のウケは芳しくなく、音楽雑誌のピアニストへの格付けめいた座談会でも、「あれは大工」の一言で一蹴されていた。当時は意味するところが良くわからなかったが、後年、ワイセンベルクの録音に親しむにつれ、何となく理解できる。粒の整った硬質な美音と情緒を排した即物的な旋律の歌い回しが、音楽の骨格を剥き出しにして、建築物めいたものにしてしまうと言いたかったらしい。

批評家ウケが悪かったのは、花形指揮者との共演が多く、その作り出す音楽の枠にすっぽり収まってしまい、今ひとつ自己主張や個性がはっきりしなかったせいでもある。映画『シャイン』に使われて有名になったラフマニノフの3番のコンチェルトの第一楽章でも、バックのバーンスタイン指揮する粘液質の管弦楽のペースに同化して、ネチネチとスローに弾く。だが、終盤のカデンツァ(伴奏を伴わない即興的独奏部)のみ、駿馬が解き放たれたように猛スピードで鍵盤上を暴走する。歯切れの良さを通り越し、マシンガンでもぶっ放したような超絶的指回りだが、上滑りすることなく一音一音が鮮烈に鳴り響く。私にはこの解放の瞬間が快感で、時たまこの録音を聴く。ワイセンベルクを「ターミネーター」に例えた評論家もいたが、硬質な美音とメカニカルな技巧が醸し出すハードボイルドな魅力こそ、彼の音楽の真骨頂なのだろう。

ようやく観ることができた『私のショパン』において、実相寺監督はワイセンベルクのそのような音楽性を深く理解していた。1時間に満たない収録内容だが、19世紀の館、コンサートホール、パリの自宅でショパンの名曲を次々と弾いてゆく。ポピュラーだが、比較的ゆっくりとした、密やかでインティメートな曲調のものが選ばれており、ワイセンベルクは端然とクールな姿勢を終始崩さない。ショパンの男性的な構築的側面が強調されたような演奏。実相寺監督一流の技巧的アングルで、その姿を捉えてゆくのだが、途中、パリの風景が断片的に挿入される。灰色の空の下の街。雨に濡れた石畳。橋からセーヌ川を見つめるワイセンベルク。暗く侘しいショットの積み重ねから、ヘッセの言う「孤独者の音楽」が立ち上ってくる。甘くもなく夢見がちでもない大人の男のショパン。ここでのワイセンベルクは、実相寺監督が好んで使った俳優、故・岸田森の知的で硬質なイメージさえ想起させる。人気ピアニストによるショパン名曲集が、実相寺マジックの横溢する世界に変貌している。

ちなみに私見を述べると、実相寺昭雄監督は盛名のわりに、映画の分野では傑作を遺せなかったと思っている。特にATGで撮ったものなんて、どこが面白いのかわからない。当の脚本家の石堂淑朗氏も最新エッセー『偏屈老人の銀幕茫々』の中で、このことを踏まえた監督への追悼文を自嘲を込めて書いていた。

だが、脚本家のせいというより、実は資質の問題で、長編劇映画よりテレビの特撮番組やドキュメンタリー等の短編に向いていたのではないか。この『私のショパン』は晩年に撮った幾つかの短編オムニバス映画に比べても、遜色のない芸術作品だった。

観終えて、駅に向かう。ゴッホ展から出たら、上野の森がゴッホの絵に見えたという文章を国語の教科書で読んだ記憶があるが、雨の振りそぼる千駄ヶ谷駅周辺はパリには見えなかった。ロマンのかけらもない、ただ侘しいだけの灰色の街路。

駅の立ち食いスタンドでうどんをすすった。高校生の頃もやはり雨のホームで帰りの電車を待つ間、立ち食いうどんで身体を温め、空腹を満たしたことを思い出す。その時、考えていたことは、学校をサボってばかりの自分は、金を稼げる大人にはなれないだろうということ。本や映画、音楽にしか興味がなく、気の利いたことは何ひとつしゃべないので、女性の愛を得ることもないだろう。結果、家族を持てず、孤独のまま死んでゆくのだろう。だから、せめて「一間分の家賃と一日二食、駅のうどんを食べられるだけの給金を稼げれば良い」とも思った。

あれから何十年、駅のうどんがコンビニの弁当やサンドイッチになることはあっても、いつも雨のホームに独りで佇み続けている気がする。

2008-03-07

花粉降る春

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自宅マンションのベランダ前に密生している杉林。写真ではわかりづらいけれど、茶色い花粉がたわわsweat02

ホームタウン青梅は山国。この季節は飛散した花粉が付着して、ベランダの桟だろうがガラス戸だろうが、マンションの通路も壁も、どこもかしこも真っ茶っ茶。とてもじゃないが、洗濯物なんて干せる環境ではない。

青梅周辺の花粉が風に乗って、あちこちを襲来すると思うと、何だか胸が傷む。ちなみに私も花粉症で、幼稚園の頃から耳鼻科&眼科通いの身。40数年前はアレルギー性鼻炎なんて病名は一般的でなく、幼い私を診立てた医者でさえ、暢気に「この季節になると、どうして患者が増えるのかな?」と言っていたのを憶えている。

だが数年前、テレビで〈花粉症にはヨーグルトが効く〉というのをやっていて、さっそく毎朝摂取することを習慣化。以来、症状が不思議なくらい軽減された。今では目が少々痒くなるのと、強風の日にクシャミを連発する程度。花粉症にお悩みの方、騙されたと思って、ぜひお試しくださいな。

2008-01-27

きっと全然大丈夫!

昨年12月15日の『チャプター27』初日に体調を崩してしまい、長らく寝ついてしまった。「外見こそ病弱だが、実はタフなのさ!」をウリにしてきたのだが、本人の勘違いで、やはり病弱だったようだ。

病院を転々としたが、一向に治らなかった。ホームタウン青梅で建物が一番ゴージャスな市立病院で診てもらったら、即刻の入院を言いつけられた。

だが、映画館という職場はシフト制で、1名が欠勤すれば、それだけ他の者に負担が。しかも入院となると長期だ。誰の邪魔にも迷惑にもならぬよう、小さく小さく生きてきた私のような男には、耐え難い状況ではないか。しかも入院はタダではない!

医者に2日間の猶予をもらい、布団の中で大人しくしていたが、症状は悪化するばかり。案の定、2日後の診断で入院以外に残された道がないと追い詰められた。

私を診たのは女医さん。この期に及んで、まだ入院を渋り続ける私を、「ほっといたら、死んでしまいますよsign03annoyと叱ってくれた。マスクで顔半分が隠れていたが、きっと若くて可憐な女性に違いない。若くて可憐な女性に叱られたら、素直に頷くしかないではないか。

入院を渋った理由は、ずっと幼い頃に猩紅熱にかかって以来、入院経験が久しくなくて怖いのが半分と、相部屋で他の患者と夜を過ごすことへの抵抗が半分。渋谷の他の映画館との団体旅行でも、相部屋の場合は不参加を貫いてきた。何故ならイビキがひどくて、眠れないに決まっているから。自分のイビキは聞こえないが、他人のは迷惑防止条例に違反しているとしか思えない。

予想に違わず、今回の入院でもイビキの大合唱。おまけに放屁の伴奏まで付いた。自分も眠りこけて、彼らを打ち負かせるくらいのイビキをかいてやろうと努めたが、結局のところ初日はまんじりともできずに朝を迎えた。

入院先で衰弱死してしまっては、お金を払っている意味がないsweat01 慌てて売店に駆け込み、735円もする耳栓を購入。レジのおばさんは、「交渉して、部屋を替えてもらいなさいな」と忠告してくれたが、入れ替わりの激しい病室で、静寂がキープされる保障はない。個室にチェンジできれば問題は解消するが、私のどこにそんな財力が!

入院中で気が紛れた唯一の物音は、同室の連中がどこぞの毛を剃り落される時に発するジョリジョリ音。手術前、若くて可憐な看護師の女性に処置されるわけだが、カーテンの陰ではどんな光景が繰り広げられているのだろう? 

男の荒い鼻息が聞こえてきた。

「ウフフ、くすぐったいですか~? もう少し・・・もう少しですよォheart04という甘くささやくような看護師の声も聞こえてきた。

開腹手術未経験の私にとって、想像をたくましくして隠微に笑うしか、病中の楽しみはなかった。

そして、早々に自宅療養に替えてもらって一ヶ月余り、ようやく医者から「全然大丈夫scissorsの診断が出て、ギリギリセーフで1月26日公開の『全然大丈夫』初日に登板。

直前に職場復帰へ備えてのリハビリのため、電車に乗って立川の街に出向いてみた。寝っぱなしで足腰が弱ったのか、少々フラフラする。真冬の寒さも一際身に沁みる。

ちょうど伊勢丹で京都物産展が開催中だったので、逃げ込むように入ってみた。有名な老舗喫茶店のイノダコーヒーが出店しており、メニューに名高い〈ビーフカツサンド〉があった。かの池波正太郎が「男のサンドイッチ」と絶賛した逸品。一度は食べてみたかった。1,785円という値段は、私にとっては目玉が飛び出るくらい高いが、独りぼっちの快気祝いということで、〈アラビアの真珠〉なるシュガー&ミルク入りブレンドコーヒーとともに注文。特設テーブルで若くて可憐な女性達に挟まれつつ、ガブリと頬張った。

雑誌グラビアの写真等で見知っていたのは、血の滴るようなミディアムレアのカツなのだが、私の前に運ばれてきたものは、しっかり火が通っていた。ちょっとガッカリしたが、かえって病後には良いかもしれない。

分厚いカツサンドもコーヒーも美味しかった。暮れも正月もなく寝込んだ果ての憩いのひととき。悪い憑き物がストンと落ちた心持ちがして、「やれやれ」と息をついた。

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↑添えられたベーコンもポイント高し♪

2007-06-09

笑ほど素敵な商売はない

ここ2週間で映画をいろいろと観た。ざっと書き出すと『恋愛睡眠のすすめ』『ラブソングができるまで』『主人公は僕だった』『赤い文化住宅の初子』『歌謡曲だよ、人生は』『しゃべれども しゃべれども』『パイレーツ・オブ・カリビアン/ワールド・エンド』『神童』等々。レンタルしたDVDも加えれば、もっと増える。まあ、連日連夜、何館もハシゴして、ひたすら映画を観ていた学生時代とは比べようもないが。

気づいていない人も多いだろうから敢えて書く。実を言うと、私は短所より長所を重んじるタイプ。映画だって印象的なシーンがひとつふたつあれば、欠点なんて帳消し。どんなものだって名作・傑作。素直に「ああ、面白かった♪」と席を立てる。

先日、セロ弾きのゴーシュの噺家版みたいな『しゃべれども しゃべれども』を観ていたら、かつての職場、浅草演芸ホールの客席やロビーが映った。それだけで懐かしさに目がウルウル。同ホールが登場したはずと思い込み、森田芳光監督『の・ようなもの』のDVDをちょっと前に購入したのだが、出てきたのは新宿の末広亭。それでガッカリしたばかりなので、感激もひとしお。肝心の映画の中身も、軽佻浮薄に見える落語と、人の心の奥底に秘められた屈託という両極の要素を巧みに結び付けていて、なかなか陰影に富んだ仕上がり。

「落語と屈託」で思い出したが、寄席に勤めていた頃、一度だけ噺家さんに飲みに誘われたことが。寄席がはねてから電車がなくなるまで浅草界隈を飲み歩いて、その噺家の部屋に泊まった。酔っ払っていたので定かではないが、何でも亡くなった師匠の住まいだったという寺の敷地内の一角。江戸情緒を体現する商売だとしても、そこまで徹底するかしら? 兎に角、風情のある日本家屋だったことは確か。

件の噺家さんは、当時二つ目。二つ目ながらテレビにひっぱりだこの売れっ子もいないことはないが、彼はその範疇ではなかった。酔うにつれ、自分の屈託した胸の内を吐露し始め、「売れないのは世間のせい? それとも本人のせい?」といった意味のことを聞いてきた。

私のような若造の従業員を誘うくらいだから、人懐っこくて面倒見が良いには違いないが、少々禿かかった額&薄い唇といった辛気臭い外貌が、人気者に成り上がるにはネックになると思われ、率直に「本人が悪いのでは・・・」と答えてしまった。

これには当時の私自身の屈託も含まれていた。〈にっかつロマンポルノ〉のシナリオの仕事にありつけたまではラッキーだったが、後が続かなかった。私より少し前にデビューした同じ20代女性ライター達は2本目、3本目が映画化され、ついにテレビにまで進出。果ては男性週刊誌に「ロマンポルノの若手女性ライター達、脱ぐ!」といった具合に、貧相なヌードまで臆面もなく披露していた。

なりふり構わぬ女性パワーには圧倒されたが、私の売りは下手糞な字で書き綴った原稿用紙の束だけ。にっかつの企画部に何本か持ち込んでみたが、持ち前の引っ込み思案から「読んだ」と連絡をもらっても顔を出さなかったりと、売り込みにも消極的。見かねた先輩や友人達が世話してくれたプロット書きの仕事を細々とこなしながら、長期戦覚悟でサラリーマン(寄席とストリップの会社だけど)との二束のワラジを履いたばかりだった。

あれから20数年。私は相変わらず長期戦をキープ。女性ライター達については、名前を見なくなって久しい。一緒に酔っ払って屈託した話を繰り広げた噺家は、その後真打に昇進。ただ、知る人ぞ知るといったポジションだけは変わっていない。

それでも、噺家本人の屈託とは関わりなく、その口から飛び出した登場人物達のフワフワ漂う生き方は魅力的。私と同類のワーキングプアであっても、〈八つぁん〉〈熊さん〉〈与太郎〉みたいにノホホンと好き放題に生きられたなら、どんなに幸せだろう。

2007-05-16

ゲロロ軍曹 バベル観戦記

GWはとっくのとうに終わった。私は連休がなかった分、今になって飛び石で週3日の休みを取った。そして体調不良になるという『バベル』をようやく観た。

私は外見どおりの虚弱体質。と言っても高原の瀟洒な別荘でコホンと咳き込み、純白の絹のハンカチを紅に染める文学的な呼吸器系虚弱ではなく、ズバリ書けばゲロゲリの消化器系。

小学生の頃から、遠足のバス内では嘔吐のスプリンクラー状態。ドロドロに汚した服のせいで、いつも弁当タイムは寄るな触るなの独りぼっち。授業中だって突如として吐き気に襲われ、前の席のハットリサヨコちゃんの後頭部に吐瀉物を直撃させたことも(女性を泣かした事始)。片や下泄の前科については、とてもじゃないがここでは書けないさ!

そんな私が『バベル』を観て、体調不良にならないはずがないではないか!!! 

場所は青梅線昭島駅下車のシネコン。チケット購入時に売り場の若くて可憐な女性に、「新聞記事はご存知ですか?」と尋ねられ、「開始から1時間20分後のディスコのストロボシーンは、なるべく正視しないように」と注意される。これで「具合が悪くなっても当館は一切関知しない」という同意書に拇印を強要され、ゲロ袋まで渡されたなら、更に胸弾ませる粋な趣向になったのだが。

効果倍増を狙って、普段は絶対に口にしない油まみれのカツサンドを直前に食べ、ウップ・・・万全の体調でスクリーンと対峙した。

こう書いておきながら、結果は「・・・何ともなかった」ではあまりにも気が引けるが、問題のシーンを直視しても、別にどうってことなかったのは事実。ネタバレになるので細かくは触れないが、問題のシーンは日本が舞台。モロッコが舞台となるシーンは展開がハードで、観客はかなりの緊張を強いられる。菊池凛子嬢が惜しげもなく裸身を晒した日本のシーンになると、たちまちリラックスしてしまい、フーッと気が抜ける。問題のシーンもギンギラギンにさりげなく煌びやかなだけで、そのまま素通りしてしまった感じ。

「体調不良を催す」という点では、拍子抜けのまま映画が終了。せっかくだから、同じシネコンで懐かしの伴一彦脚本『初雪の恋 ヴァージン・スノー』、殺し屋ドタバタ群像劇『スモーキン・エース 暗殺者がいっぱい』をハシゴして、一日も終了。多少なりとも休暇気分を取り戻した次第。

2006-12-21

月に沈む

月島の傳々という焼肉店で、F社の皆様と忘年会。ここは来年GWに当館で公開の史上初!焼肉バトルムービー『プルコギ』の協力店で、スクリーンに登場する生唾ゴックンものの焼肉を提供したところ。

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映画にも出てくるエゴマの葉の漬物。草食動物を自認する私には一番美味しかった↑

この夜はF社A嬢お勧めのマッコリのビール割りをチビチビやりつつ、但馬牛のありとあらゆる部位をモリモリ食べ尽くしたわけだが、映画『プルコギ』最大の見せ場は赤肉と白肉の手に汗握る大バトル。私の場合、白肉と呼ばれるホルモン系はスーパー店頭の一串100円のモツ焼きばかりで、焼肉屋ではあまり馴染みがない。今回の秘めたる目的は、この映画で存在を知ったコプチャン(小腸)を食べること。蛇のようにトグロを巻いた小腸を、映画のように鋏でチョキチョキ切って食べてみたかった!

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お目当てのコプチャン。残念ながら切ってあった↑

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F社の皆様も撮影タイム↑

そして、ついにコプチャンが登場。もちろん不味くはなかったが、ハッキリ書くとブヨブヨの脂肪の塊。濃厚なミルクの味わいという触れ込みには程遠く感じられた。脂っこいものが極度に苦手な私は、たちまちグロッキー。それからはデザートを食べるのも、やっとの状態。同席のスタッフTに「ナメクジに塩」と称される始末。

家が遠い私を気遣っての早めにお開きだったが、帰途、月島駅のトイレから出られなくなった。敢えて細かい描写は避けるが。

苦悶しながら脳裏に浮かんだのは、観たばかりの映画のこと。『007 カジノ・ロワイヤル』は秘密兵器に頼らない腕力勝負の007で、マッチョな殴り合いの連続に青痣赤痣が伝染、こちらまでズキズキ痛くなった。もうひとつは『イカとクジラ』。崩壊してゆく家族の物語に、心がヒリヒリ痛んだ。

だが、もっともっと痛いのは、私が遭遇中の消化不良による腹痛に違いない。映画化はされないだろうが。

髪の毛掻きむしる悶絶のうちに時間はたちまち過ぎてゆき、日付が変わった。東京の西の果てJR青梅駅が自宅最寄の身にとって、東の果て月島駅はまさに夜空に浮かぶ月の中の島。もうじき電車はなくなる。駅も閉まって、私は容赦なく追い立てられるだろう。でも、どこへ行けば? タクシーに乗りたくても、トイレから離れられる状況ではなかった。

貧しさからくる日頃の粗食の反動なのか、ついつい宴席になると目の色を変えて喰って喰って喰って喰いまくってしまう。萎縮していた胃腸は、たちまち決壊。 

ああ、神様、今宵のようなハシタナイ真似は二度といたしません! どうか、この窮地からお救いくださいませ! 

私は深夜の月島駅のトイレで、まだ見たことのない天上の神に向かって涙ながらにこう祈ったのだった。

2006-09-05

やさしい嘘

夕刻より五反田にて試写。席がなくなるようだったら取っておいてくれるという配給会社側のご好意に甘え、しばしBOOK・OFFに寄り道。ギリギリに到着したら、ちょうど開場したところだったので、人波に紛れてゾロゾロ入ってゆく。

だが、時間になっても始まらない。もしかしたら、私を待っているのでは? 来た時、配給会社の人に挨拶をしなかった。というより、見当たらなかった。もっとよく探して、来たことをアピールすべきだったのでは? 

まさか、私なんかを待っていることはあり得ないと思いつつも、持って生まれた自意識過剰というか自己処罰的傾向がムクムクと頭をもたげて、ドキドキしてきた。ああ、遅れているのは私が悪いのだ。皆さん、ごめんなさい!

いっそのことトイレへ行くふりをして、さりげなく私の存在を認知させるべきでは、と立ち上がりかけたら、今回の映画にも出演している某有名人が悠々と登場。試写が始まり、ホッとする。

終わって、配給のF社Y嬢とA嬢に感想を聞かれたので、「感動しました」と率直に答えたら、「嘘くさい」と言われる。このセリフ、今まで何度言われたことか。検討作品はともかく、今回のように上映が決まっている場合、あれこれ欠点を挙げ連ねるより、良いところをピックアップして誉めた方が、お互いモチベーションの向上につながると思う。あながち嘘ではないのだが、皆さん、「またまた」「よく言うよ」と返してくる。

余程、私が嘘つき、もしくは辛らつな批評眼の持ち主と思われているか、配給側が本心では作品そのものを信用していないかの、いずれかに違いない。

最も私はひどく内気な性分なので、表情に乏しい傾向がある。持ち前のクールな外貌が一言一言の信憑性を疑わせるのかもしれない。駅への帰り道、独りトボトボ歩きながら「なかなか感動しましたよォ」「けっこう感動しましたぜィ」等々、いろいろ装飾を加えてブツブツ繰り返し、それを言う際の白々しさを感じさせない、さりげない笑顔まで練習しつつ今後に備えた。

2006-08-25

いつもギラギラする日

昨晩の夢に、コロンビア映画のオープニングロゴそっくりの女性が出てきた。

その女性もスクリーン上に投影されていて、もったいぶりつつ「我は映画の女神じゃ~」と名のりをあげると、こんなお告げをした。

「アブラを食べれば、汝はアブラの大富豪になるであろう~!」

そこで目覚めた私は、「人間がくだらないと夢までくだらない・・・」と自らを恥じた。

そうは言っても「大富豪」が気にかかる。そこでランチタイムに行きつけの讃岐うどんチェーン店の〈おろしぶっかけ〉中サイズ336円(105円引きサービス券使用)を食べた際、備え付けの揚げ玉をたっぷり振りかけてみた。

でも、お告げのアブラは、油ではなく脂のことかもしれない。ここは思い切って肉の脂身も摂取しておかないと、せっかくの映画の女神様のお告げが無駄になってしまう。そう考えた私は、夕食に中華料理店で〈豚角煮定食〉850円なるものを食べてみた。

体重が50キロに満たぬ純植物性中年男としては、油も脂も苦手。対極の存在である脂ギッシュ中年男は特に苦手で、できることなら電車のシートの両隣には彼らではなく、若くて可憐な女性が座って欲しいと常々願いながら通勤している。

そんな私がいかにも脂ギッシュ中年男の好みそうな豚の角煮を注文したのも、「大富豪」になりたいから。振り返れば、数年前にコンビニの店頭で50円玉を拾って以来、臨時収入には縁がない。脂身を我慢して食べるだけで、思いもよらぬ従兄弟の義妹の祖父の遺産数千億円が突如として転がり込んでくれるなら、しめたものではないか。

さっそく肉と脂が層を成した豚の三枚肉を頬張った。子供の頃はこの脂身がダメで、給食のトンカツさえ全部コロモを剥ぎ、脂身だけ除去してから食べたことを思い出す。

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かなりのボリューム!

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プルプル!

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ブヨブヨ!

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ギトギト!

何とか完食したが、ウップ・・・気持ちが悪くなった。カロリーだって高かろう。シネクイントで私を見かけて、「何だ、自分だって脂ギラギラのオヤジじゃないか」と思っていただけたなら、すべてがこの角煮の後遺症、及びお告げが叶って酒池肉林の日々をエンジョイできる身分になれたからに他ならない。

2006-08-15

長距離通勤者の孤独

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久々に浅草へ。S社W氏と元M興行F氏と飲む。

その前にしばし散策。とうに夕刻だが、夏は陽の長いところが嬉しい。吾妻橋を渡ると、川風が汗ばんだシャツに心地良く吹きつける。

その後、とんかつの〈ゆたか〉〈正直ビヤホール〉〈かいば屋〉と店を替えての映画談義。どこも情趣に富む店なので、話も弾む。

でも、浅草は遠い。皆と別れてから、帰りの電車で過ごす時間は果てしない。東京の辺境に住む私が悪いのだ。内気なたちのせいか、賑やかな宴席では浮かない顔をしてばかりいるが、心の中では楽しんでいる。独りはやはり寂しい。

お盆休みで車内は空いていて、座ることができた。本を読んで過ごしても、酔っていて集中できない。あと2駅というところで眠ってしまい、そのまま終点青梅駅で折り返した。幸い次の駅で目覚めたが。

誰もいない深夜のホームで電車を待った。ベンチの足元でジージーという機械音がすると思ったら、蝉だった。すっかり弱っており、もうすぐ死んでしまうのだろう。

いつまで待っても電車は来ない。酔いも醒め、先刻まで誰かと一緒だったことが遠い昔のようだ。小雨さえ降りそぼって、蝉と私を濡らしていった。

2006-07-31

ボクが病気になった理由

困ったことに風邪が治らない。鼻はグジュグジュ、咳はゴホゴホ。さらに困ったことには湿疹まで併発。ボツボツが体のあちこちにできて、痒いこと痒いこと。

風邪の方は薬を飲めば快方に向かうのかもしれないが、湿疹というアレルギー症状が出ているので、副作用が心配。薬をやめて自然治癒に任せたおかげで、回復に時間がかかっている。

ボツボツの方は、あまりにも痒いので病院に駆け込んだ。失礼千万にもインキンの検査までされたが、結果はシロ。疲労とストレスが原因とのこと。言われてみると上映中の『嫌われ松子の一生』は当館にとって、久々の大ヒット。この「久々」こそがボツボツの原因かつ諸悪の根源なのだ。

安静が大事と、休日も街歩きをひかえ、部屋でゴロゴロ。そのせいか胃の調子が悪い。湿疹の薬の影響もあるのだろう。食欲もさっぱりで、前々回にも書いたように体重は大幅にダウン。一日最低5人に「ますます痩せましたね」と言われる有様。最近は「ダイエット指南本でも書いたら」という新たな要請まで加わった。

痩せたのを指摘されるたびに、とてつもない病魔に侵されているような気がして落ち込んでしまう。私は少なくとも100歳まで生きる予定だったが、ひょっとしたら90歳くらいまで寿命が縮まってしまったかもしれない。

失われた10年を取り戻すべく、ランチタイム価格1,500円のうな重を食べたが、風邪のせいで味がしない。店内ではサラリーマン連中やカップルが、鰻を焼く煙に対抗するみたいに煙草をプカプカ吸っていたが、鼻先に紫煙は漂ってきても臭いがしない。

仕方なく毎食のようにはなまるうどんに赴き、冷たいうどんに醤油をかけまわしたものばかり注文。栄養の偏りから必然的に体重はますますダウン。体力も減退して風邪は悪化の一途。

食事面ではなく精神面から風邪を撃退しようと、映画を観に行く。若い頃は映画館で風邪を治したものだ。精神が高揚して、病気なんか吹っ飛ぶ。

こんな時はド派手なハリウッド製アクション映画が良いだろうと、『M:I:Ⅲ』をチョイス。咳き込んで迷惑をかけてはまずいので、一番後ろの列でひっそり観た。

映画の方は四十男のトム・クルーズが画面狭しと走り回り、ビルからビルへジャンプまでして、ジャッキー・チェンばりの大奮闘。ハラハラしどおしで観終わると、気のせいか風邪も良くなった。鼻がスッキリ通っている。

だが、興奮して全身が熱く火照って汗ばんだため、今度は湿疹が痒い。あちらを立てれば、こちらが立たず。この言葉は人間関係から病気まで、諸事全般に及んでいるらしい。

2006-05-16

しあわせの法則

新聞に『通勤電車で寝てはいけない ―通勤電車と成功の不思議な法則―』という本の広告が載っていた。そこには「通勤時間は長いほうがいい」という一文まで添えられているではないか。

ああ、何て世の遠距離通勤者達の果てしなき道程を明るく照らす感動的な広告なのだ! 私も通勤時間はひたすら長い。時間帯や接続によっては、片道2時間なんてこともザラ。その時間を有意義に使えば、私だって立派な大人になれるかもしれない。そんな希望を抱かせる広告だ。

でも、この本を買うかとなると、別の問題。生まれてこの方、この類の指南本は読んだことがない。せっせと図書館で仕込んでくる通勤用書籍は、ふた昔前の小説か随筆。

最近は〈講談社文芸文庫〉に凝っている。他の文庫本より価格設定が高めなので、もっぱら借りてばかり。今、読んでいるのは川崎長太郎と竜胆寺雄と木山捷平の短編集。

若い方は、これらの作家の名前を知らないかもしれない。どう読んでも広告の本が説く「通勤電車と成功」の法則には当てはまらないとだけ書いておこう。これらの読書に費やされた通勤時間にサンドイッチされた勤務時間は、当然ながら本の内容の影響を蒙る。これが例えば「部下のやる気の引き出し方」とか「お客様を幸せにするサービス心得」とかいったハウツー本を読んだ直後なら、仕事や周囲に好影響を及ぼすのかもしれない。だが、川崎長太郎の私小説、小田原辺りの物置小屋に逼塞し、場末の私娼窟を徘徊しつつ、その暗澹とした交情をみかん箱を机代わりに小説へと仕立てるといった、気ままで浮世離れした世界を電車から引きずったまま職場に登場すると如何なることになるかは、本人より周囲の者が痛切に感じているのだろう。どうもすみません。こんな私と関係なく、快適かつ時代のニーズに合った鑑賞環境を提供できる運営システムの構築と人材の育成こそ当館の課題。あらら、いきなり話が別のところへ。

ところで、前掲の新聞広告より私の気持ちをいっそう明るくするのは、川崎長太郎が60歳を過ぎてから、若い女性ファンと結婚したという事実。この程度の文章では無理を承知で、あえて書こう。ああ、私にも良きことが起こりますように!  

2006-04-26

世界でいちばん不運でも幸せでもない私

最近、やたら忙しかったり、気鬱になることが続いたりで、この日記すら、なかなかUPできない・・・というか、忘れてしまっていた!

先日の昼食後、ようやく時間的かつ精神的な余裕ができたので、久々に職場近くの行きつけの古本屋「闘牛百貨書店」へ出向いたら、ああ、何と店がなくなっているではないか!

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ショックのあまり、しばし呆然と佇んでいたら、偶然通りがかったS社Yプロデューサーに声をかけられた。氏とは数年前、『××××!』の上映でお付き合いして以来。立ち話のついでに、同社のO女史の近況を尋ねたら、何と産休中とのこと。

「結婚されていたなんて、ちっとも知らなかった・・・」

そのまま早退して部屋に戻り、バッタリ寝込む。

翌日、「心の病」を理由に仕事を休む。床屋で髪でも切って気分を一新しようと外に出たら、突然の雷鳴と豪雨。ヒョウまで降ってきたではないか。折りたたみ傘を持っていたが役に立たず、全身ビショ濡れ。

それにもめげずに電車に乗って立川へ。まず行きつけの古本屋に行くと、ここも閉まっていた!

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「まさか床屋まで?」と焦ったが、営業していたので一安心。順番待ちの間、置いてあった写真週刊誌をパラパラめくっていたら、ちょっと前にワイドショーでも話題になっていた奈良県の「騒音おばさん」の記事が。

そこには子供と手をつなぐ数十年前の「慈母」姿の写真と、現在の「怪獣」化した写真が対比されていた。何故、このようなおぞましい変貌を遂げたのかを述懐した解説を読んでいるうちに、涙が溢れてきた。「騒音おばさん」を襲った数々の家庭的な不幸・・・ああ、私の不幸なんて、おばさんのサンダルの先っぽにくっついたイヌのフンみたいなものだ!

「自分ばかりが地獄から抜け出そうとする・・・」どこからか『蜘蛛の糸』の朗読でも聴こえてきそうな、つげ義春的瞬間。

2006-04-11

傷だらけの人生 古い奴でござんす

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昭島にシネコンができたので、さっそく出向いた。

ここは青梅線沿線の街。ホームタウン青梅からは、いつも行く立川の映画館より近い。ただ、近くに大型のショッピングセンターがあるだけの住宅街で、映画の前後の町歩きは楽しめない。

それにしても、シネコンというものは便利にできている。広大な空間という利点を最大限に生かしたサービス面の充実。並んで待つこともないし、設備は快適だし。80年代カルチャーの遺物である、当館のような商業ビル最上階のミニシアターの対極。これからはシネコンしか知らない若い世代を相手にしてゆかねばならないと思うと、頭が痛い。

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ところで、観た映画は『かもめ食堂』。何だか『ku:nel』とかの、今どきの「ココロとカラダに優しいライフスタイル」提唱雑誌の海外取材記事をパラパラ読んでいるみたいな映画。観る前に図書館で原作本を借りて読んでおいたが、「物語」のなさにびっくり。登場人物の紹介と状況設定が羅列された梗概に毛が生えただけのもの。映画のための書き下ろしという特殊な成立事情のせいかもしれないが。でき上がった映画は、オールフィンランドロケの魅力で緩和されていた。

この映画は大ヒットしているとのこと。異国をフワフワ浮遊しているように見えて、しっかり根を張ってしまう女性達の、地に足が着いた暮らしぶりへの共感もあるのだろうが、何よりも映画の見方、あり方が根本から変わってきているように思える。

私のような名画座で映画修行をした最後の世代、つまり起承転結という定石によるドラマチックな感動に身も心も引きずり回されることを愛するあまり、何時間も並ばせられることさえ苦にならず、むしろ必要な儀式と考える旧態依然とした元映画少年も、さらにはシネクイントについても、ついに軌道修正を迫られているようだ。

2006-02-10

顔のない眼

メガネが壊れた。色違いを2つ持っているのだが、両方ともフレームに接しているレンズの縁がポロポロ剥離してゆく。今はそれほど目立たないが、周囲に気づかれるのも時間の問題だろう。

060210_074001_2 特に乱暴に扱った覚えはない。メガネ歴は40年。扱いは充分心得ているつもりだった。それに買ってから、まだ1年していない。保証期間内なので、思いきって購入した店に相談してみたら、今回のケースでは適用できないとのこと。レンズだけを交換するなら4,000円。メガネ2つなら、8,000円プラス消費税という、ちょっとした額。2つとも同じ箇所が破損したということは、何度取り替えたって、また繰り返される可能性が大だ。。

かまわず欠けたメガネをしていたが、どうにも気になって仕方がない。陰で皆が私のことを笑っているのでは?「あそこの支配人は、メガネもセンスも欠けた奴だ。ケケケケケ」と。

誰とも目を合わせられない。会話も弾まず、対人関係までギクシャクしてきた。職場を無断で休んで、青梅の自室に引きこもってから、もう10日になる。ある日、職場からダンボールが送られてきた。開けてみると、私物と一緒に、キラキラ光るブランドメガネをかけた新支配人とスタッフ達の笑顔の集合写真が入っていた・・・という夢を見た。

レンズを取り替えるより、買い替えた方が得策と判断して、8,000円プラス消費税の範囲内で新品をあつらえた。再び同じ安売り店のメガネを買ってしまうところが、懲りることさえままならぬ天然貧乏人の悲しさ。

でも、せっかく新調したのに、誰も「メガネを替えましたね」とは言ってくれない。地味で目立たないメタルのフレームにしたせいもあるかもしれないが・・・。結局、私の顔なぞ気にかける者は一人もいないというお話でした。

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↑かけるとウルトラセブンに変身さ♪

2006-02-07

あ、春は?

休日。朝起きたら、窓の外は雪景色。

それでも電車に乗って、立川まで映画を観に行く。『やじうまプラス』のいつものお天気お姉さんが、「寒いのは朝だけで、午後から気温が16度まで上がり、4月半ばの陽気になります♪」と笑顔で言っていたから。頭の中で映画の後の散歩コースを思い描く。久々にポカポカの陽光を浴びて、ぶらぶら歩くつもりだった。

欲張って『オリバー・ツイスト』『プライドと偏見』の2本を観る。合間に外に出て、公園のベンチでおにぎりのランチ。空は曇ったままで、4月の陽気には程遠い。ベンチには今朝の雪がまだ残っていて、ビッショリ濡れていた。仕方なくハンカチを敷き、その上にハードカバーの本を置いて腰を降ろした。本当に暖かくなるのだろうか?

3時前に映画が終わった。ドキドキしながら出てみたら、案の定寒いままだ。吐く息が白い。風も身を切るように冷たく、天気予報を信じてジャケット一枚にマフラーを巻いただけで出てきた自分がバカみたい。

散歩の予定を散髪に変更。前にも書いたが、いつも髪を切ってくれる青年は、なかなかの映画好き。昨日は『ホテル・ルワンダ』、今晩は『RIZE ライズ』を観に行く予定とのこと。『椿三十郎』『座頭市と用心棒』の話で盛り上がった。

終わって外に出ると、髪を切ったばかりのせいか、風がいっそう冷たい。小走りで駅に向かう。早く帰って、テレビの天気予報で言い訳をたっぷり聞くことにしよう。

春はまだまだ遠い。そして春になれば、今度は花粉症。次は暑い夏。過ごしやすい秋は短く、すくに冬。やれやれ、生きてゆくということは難儀なことで・・・。

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↑今回の「大ハズレ」について、翌朝の番組内で頭を下げて陳謝するお姉さんでした・・・

2006-01-21

細雪

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朝8時。ホームタウン青梅にうっすら降り始めた雪を、ベランダから撮影。

ついに東京にも来るものが来た、という感じ。子供の頃はあんなに嬉しかったのに、今は苦痛以外の何ものでもない。寒いし、歩きづらいし、電車は遅れるし。

今日の午後からは来週公開の『B型の彼氏』の前売券販売キャンペーンを、渋谷パルコ店頭で行う。このときだけの特典で、主演のイ・ドンゴン氏のサイン入り生写真が付く。

都心は青梅ほど積もらないだろうが、どうなることやら・・・。

2006-01-18

戯夢人生

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FS汐留ホールからの眺望。今夜、『立喰師列伝』の完成披露試写会がここで行われた。

向かいのビルの窓には、人がウジャウジャ。このホールは当館上映作品の試写会でもよく使われるが、通路のガラスの向こうは、つい先日まで殺風景な造成地だったような気がする。その時、「何が建つんでしょうなあ」と言った調子で、一緒に並んで眺めた配給会社のご担当の顔を思い出した。もう5年以上前の映画に関わっていた方で、すでに業界にはいない。時の経つのは早いものだ。

子供の頃、ビルの窓と窓を糸電話でつないで話をしてみたかった。夜景を見ながら、そんなことまで思い出した。今でもチャンスがあったら実行してみたいのだが、物理的にも難しいだろうし、糸電話の相手になってくれるヒマ人を探すのも大変。

ちなみにその他の子供の頃の夢は、「死なない身体になる」「空飛ぶ透明人間になる(飛んでないと車に轢かれるし)。現在の夢は「すっぽん鍋を食べたい」「あわびのステーキを食べたい」「金目鯛のしゃぶしゃぶを食べたい」といった、より実現可能?なものに落ち着いている。

まあ、それはともかく、近日中にこの試写会の舞台挨拶の模様を〈うらクイント〉にUPするので、お楽しみに。やっとUPしました・・・

2006-01-10

私生活のない男

年賀状をいっぱい頂戴した。

私ごときにお気遣いくださいまして、ありがとうございました。

じ、じ、実を言いますと、私は書いておりません。「年賀状は届いたら出す」をモットーに、これまで生きておりましたが、ぼやぼやしているうちに、アワワ、もう1月も半ば! 今さら出したら、マヌケの上塗りのような気がしますので、

今年もよろしくお願いいたします

と、ここに大書きして、す、す、済まさせていただきます。

来年からは、宛名をスタッフTと連名にしていただくと、あら不思議、必ずこちらからの年賀状も届きます。彼女は律儀者ですから。

最大の問題は、会社と自宅に届く枚数の格差。自宅には、たったの1枚。ずっと昔の日記にも書いたが、師と仰ぐ小説家の先生からのものだけ。もちろん、私も年末に投函。1枚だけだし。いかに暗く、侘しく、空虚で孤独な私生活を送っているかがわかるでしょう・・・。

ところで、「春か夏に、またヤリますか!」と書いていただいたN社のK様。絶対にヤリまくりましょうね! 女性限定ロマンポルノのオールナイト!

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↑話は変わって、女優・蜷川有紀様からの年賀状。さすが芸術一家の方だけあって、とってもアートしてます(見せびらかしているうちに紛失した。拾った人、返して!)

2006-01-06

限りなく透明人間に近いブルーな気分

「ひとりごはん」の楽しみは、周囲の会話。まあ、ぽつねんと料理を待つ間は、他の客の話し声に耳を傾けるか、本を読むくらいしかすることはないのだが。

先日、渋谷センター街の中華料理店のカウンターで夕飯を食べていた。背後のテーブルでは、中年男4人組が餃子やメンマをつまみに、ビールの中瓶で酒盛りの真っ最中。職業は定かではないが、全員がジャンパーを着ているところから推測すると、いわゆるブルーカラーに属する人達らしい。「一生、あんたについてゆきます!」「死ぬ気で働く!」「飲み過ぎて翌日休むなんてことは、二度としない!」等々のセリフが飛び交い、大いに盛り上がっていた。

その隣のテーブルには、スーツ姿の中年男3人組。この場にいない上司か同僚の誰かを肴に、やはりビールを飲みながら、同じくらい盛り上がっていた。

スーツチームの連中が、ジャンパーチームから発せられた「死ぬ気で働く!」のセリフにビビッドな反応を示し、2チームは合流。「そうだ。死ぬ気で働こう!」ふたつのテーブルの男達は意気投合し、ビールを酌み交わし始めた。

そのうち、興に乗ったジャンパーチームの男一人が、カウンターにいる客全員の勤労意欲の調査を開始すべく立ち上がった。

「皆さん、今年こそ死ぬ気で働こう、ねっ、ねっ?!」酔っ払った男は、カウンターの一人一人に聞いて回った。他の男達は、「オイオイ、やめとけよ」と言いつつも、連帯の和を広げることに楽しみを見出している様子。正月気分の無礼講のつもりか。

その時、カウンターにいたのは私を含めて男が3人。20代、30代、そして40代の私だ。20代の青年は、気のない調子で「死ぬ気で働きます・・・」と適当にあしらった。次の30代の男も、苦笑いしつつ「頑張って働きますよ」とかわした。

いよいよ、私の聞かれる番が到来。こういう場合、「死んだら働けません」とストレートに切り返すと、からまれる場合がある。そうかといって、「そうですね」とそっけなく返しても同様の事態を招く恐れが。やはりオウム返しに「死ぬ気で働きましょう!」と応えるのが正解。さあ、どこからでもかかっておいで!

だが、男は私に話しかけなかった。隣にいた30代の男の回答に満足すると、私に一瞥もくれることなく、席へ戻った。

これはどう解釈したらよいのだろう? テーブルの男達と私は、同じ40代の中年オヤジ。同等に世の辛酸と苦汁を舐めさせられている立場だ。本来なら、「こっちで一緒に飲もう!」と誘われてもおかしくはない。「代わりにレイトショーに立ち会ってあげる。君はゆっくりしていきなさい」と言ってくれてもいいはずだ。しかし、男は私を無視した。仲間と見なしてくれなかったのだ。

店を出て職場に戻る道すがら、原因を考えた。かた焼きそばを食べていたのが悪かったのだろうか? 人をSMに分類するなら、太い針金を口に含んだみたいな食感のかた焼きそばこそMの御用達。しかも、この年末年始にかけて3回も食べてしまった。特に好物というわけでもないが、野菜を摂らないと病気で死ぬという強迫観念から、駅のスタンドの春菊天そば、または中華料理店のタンメン、レバニラ、中華丼の類をチョイスすることが多い。最近、かた焼きそばというレトロテイストかつ、あんかけになった野菜まで豊富に摂取できる一品を出す店が少ないので、貧乏性の私はメニューにあるとついつい注文してしまう。そんな私を重度のM野郎誤解したのだろうか?

それとも、私が映画館の“詩配人”という、世間から遊離しまくった職業に従事していることを見抜かれたのだろうか? かた焼きそばが運ばれてくるまで、『イスとイヌの見分け方』という本を読んでいた「イヌは散歩する。イスは散歩しない」「イヌはイスの上に乗るが、イスはイヌの上に乗らない」と論考している書物だ。おそらく「死ぬ気で働く!」男だったら、絶対に読むまい。そんな私は、男にとって連帯の和に加えたくないタイプだったのか? いけ好かない奴だったのか? 

もしかしたら、私がまったく目立たぬ存在で、空気中の雑菌や水中のプランクトンと同じく、男の目には留まらなかったのかもしれない。そうだとしたら、あまりにも淋し過ぎる。

この出来事は、孤独だった中学生時代を想起させた。私は立川市内にある、暴力の嵐が吹き荒れていることで悪名高かった某公立中学に通っていた(卒業生に、その凄まじい荒廃ぶりを文章にして売り出したゲッツ板谷がいる)。それでも、私は中学校の3年間、当時ブームになっていた劇画『愛と誠』に登場したメガネ男子の名前にちなんで岩清水とあだ名されながら、暴力の被害を被ることも、不純異性交遊をエンジョイすることも、劇画の岩清水本人のように「君のためなら死ねる!」という名ゼリフを発する機会もなく、つまり存在さえ認知されずに、校内の図書室だけを拠り所にして、淋しく過ごしてきたのだった。

うう、振り返りたくない過去を書いてしまった。いずれにせよ、今回の一件で私は深く傷ついた。四十も半ばになると、おいそれとは傷つかないはずだった。そうあろうと努めてもきた。でも、本当は違う。親からはぐれて泣きじゃくる迷子のように、幾つになっても世のつれなさには無防備のままだ。

このつらい出来事を、取り乱すことなく冷徹に記述できるまで、数日の時間を要した。喜ばしいことを誰かに伝えたくて、急かされるみたいに書いている時が、私にとって一番の幸せな時間。今年はそんな出来事が、酔っ払いに無視されなかった程度のことでもいいから、いっぱいいっぱい私の元へ訪れますように!

2006-01-01

さよなら、こんにちは

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暮れてゆく2005年↑

大晦日だが、いつもの休日と同じ。こたつで本を読み、みかんを食べ、本を読む。来年に持ち越したくなくて、猛然と読む。

元旦は天気が悪く、初日の出を拝めないらしい。悔しいのでベランダに出て、2005年最後の日没を見ながら感傷に浸る。それから蕎麦を食べに行き、帰ってから古いレコードをずっと聴いた。

川向こうに、簡易保険の保養センターがある。そこの温泉にでも行くつもりだったが、面倒臭くなってやめた。寒いし、川沿いは暗くて恐いし。

それでも駅近くの寺まで、除夜の鐘をつきに行く。テレビで曙の負けっぷりを堪能してから、ゆっくり出かけた。この寺は来た人全員に、鐘をつかせてくれる。当然、百八つを超える。おととしに訪れた際は、二百幾つ目。太っ腹な寺だ。

年が変わる15分前に到着したのに、58番の札をもらえた。今年は集まりが悪い。寺の人が「K‐1も終わったので、これからドッと来ると思います。今しばらくお待ちください」とマイクで言っていた。曙が負けないと一年が終わらないと思っているのは、私だけではないみたい。

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甘酒とけんちん汁が振舞われた。順番が来るまで、ドラム缶の焚き火で暖をとりながら、二つとも飲んだ。鐘をつき終わって帰ろうとしたら、寺の人からシクラメンの鉢を渡された。至れり尽くせりだ。

帰り道、白いシクラメンの花に顔を寄せてみた。有名な歌謡曲の歌詞と違って、何の匂いもしなかった。

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2005-12-29

読書しない男

仕事帰りの電車の中でのこと。鞄に入れていたはずの文庫本がない! ランチタイムに、コートのポケットへ突っ込んで、ラーメンを食べに行ったことを思い出した。その時、店に忘れたのか、ポケットから落ちたのか。

新宿からホームタウン青梅までの直通特快に乗れた。年の瀬で、ガラガラ。すぐ座れた。でも、ちっとも嬉しくない。終点青梅までの1時間10分をどう過ごせばよいのやら?!

とりあえず車内の人々を観察することにした。いつもは本を読み、あらぬことを考え、また本を読む。周囲に誰がいようが、眼中になかった。

見回してみて、残念ながら長時間の観察に耐えうる人物はいなかった。みんな普通の人達なのだから、当たり前。どちらかと言えば、年配の男性に見る甲斐が。味があって、抱え込んでいる「人生」への想像が膨らむ。若い男性や熟年の女性は、その逆。私の観察眼では月並みなパターンに落ち着いてしまう。見ていて一番楽しいのは若くて可憐な女性なのだろうが、悔しいことに一人も該当者が乗り合わせていなかった。

途中の駅で面白そうな人が乗ってこないかと期待した。身体の一部が過剰な人とか。目が三つあったり、足が九本あったり、文字どおり四十八手の持ち主だったり。それがダメなら、せめて「そっくりさん」。有名芸能人似ではなく、自分だけが心の中でクスクス笑えるマイナーポエット似がいい。チェコの指揮者イルジー・ビエロフラーベク似とか、昭和初期の小説家の嘉村礒多似とか。

だが、そんな人も現れず、すっかり退屈してしまった。網棚の上に並ぶ広告を見上げた。私は食い意地が張っているので、〈永谷園のお茶漬け海苔〉がやたら目につく。華奢な女性の手が差し出すお茶漬けのポスター。焼いた餅に熱湯をかけ、その上からお茶漬け海苔を散らした「何ちゃって雑煮」をよく食べる。ただし、永谷園のものは、ずっとご無沙汰。今でも『東海道五十三次』のカードが入っているのだろうか?

とりとめもないことを考えていたら、車内に食べ物の匂いが漂ってきた。メンチカツだ! 炒めたタマネギが肉の中で蒸れたような独特の臭気で、すぐそれとわかる。吉祥寺の駅を過ぎたところなので、TV・雑誌でよく紹介されている行列のできる肉屋のものに違いない。並ぶのが嫌なので買ったことはないが、急に食べてみたくなった。近々映画を観た帰りにでも立ち寄ってみよう。その場で揚げたてのアツアツを頬張った方が、美味いに決まっている。しかし、メンチカツを立ったまま齧りつく中年男というのも、様にならないというか、みっともないかもしれない。いっそのこと、メンチカツを持って井の頭公園へ出向こう。冬場だと寒くて、すぐ冷めてしまう。買ったら走らないと。カップルどもを追い散らし、池のほとりの眺めと陽当たりが一番良好なベンチを占領して、息を切らせながらパクつくのだ・・・・。

またまた、とりとめのないことを考えていたら、とてつもなく空腹を覚えた。退屈も頂点に達していたので、やむを得ず国分寺で途中下車。

真っ先に古本屋を訪れ、店頭の均一本の棚から数冊の文庫本を抜き出すと、レジに直行。それから夜道を彷徨い、メンチカツを売っている肉屋を探した。どこにも見当たらない。空腹のあまり、衝動的に手近な中華料理屋へ飛び込んでしまった。

昼にラーメンを食べたばかりだった。せめてメンチカツ定食でもと思うが、メニューにない。仕方なくかた焼きそばとビールを注文。さらに餃子まで追加。

本を読むことでしか時間を潰す術を持たぬ我が身を嘆いた。携帯電話をいじくって遊ぶという手もあったが、ろくろく機能も知らず、メールも同僚との仕事上のやり取りに限定されている。電車の中でニヤニヤと楽しそうにメールしている中年男をよく見かけるが、あれは馴染みのキャバクラ嬢もしく風俗嬢がお相手に違いない。ああ、何てうらやましいんだ!資金のない私には無縁の領域。

そんな私だって、メル友が欲しい。来年こそ、これぞと見込んだ人物に携帯電話のアドレスを教えて、1日10回くらいメール交換をしてみたい。(^m^ )(≧∇≦)みたいな顔文字を駆使して。でも、このブログにさえコメントを書き込んでくれる者がいなかったではないか。10月にリニューアルした際、半月ほどコメントを受け付けてみた。それなのに書き込みは、S社N氏の1件だけ。待てど暮らせど、コメントは来なかった。「いつも読んでます」「更新が楽しみです」等の、拙い文章を書き続ける励みになるようなフレンドリーな一言が欲しかったのに。私だってそんな心の友へ、即座にお礼の返答をしたことだろう。「これからもあなただけのために、せっせと更新します♪」と。

深く傷ついた私は心を閉ざし、コメントを受け付けない設定に変更した。永遠にこのままだ。私の孤独が永遠に続くように。

かた焼きそばはどこまでも堅く、口中や喉に突き刺さった。どうしてこんなものを頼んだのだろう? ビールで無理やり流し込んだが、一向に減る気配がない。そして真冬に独りで飲むビールはどこまでも苦く、身体を芯から凍えさせた。

2005-12-25

巨人と鰻

(前回の続き)

夜まで待ったが、「良いこと」が起きない。つまらないから、自分で起こすことにした。

とは言うものの、「良いこと」って何だろう? 取りあえず、渋谷の駅前へ鰻を食べに行った。

イヴの晩だから、鰻屋なんてガラガラだろうと思ったら、大間違い。カップルがウジャウジャ! この国のクリスマスは、若い二人がギンギラギンに精をつけてから臨む行事であることを改めて認識。

〈うな重〉の値段は4段階に分かれていた。せっかくだから、下から2番目のものを注文。それでも2,100円。肝焼きにビールも頼みたかったが、勤務中。しかも今夜はレイトショー初日。多数の関係者が来館するので、やめておく。

私が自腹で〈うな重〉を食べたなんて、誰も信じてくれないに決まっている。でも、これは真実。「年忘れ! 自分への大盤振る舞い大会」のつもり。携帯電話のカメラでバシャバシャ撮った証拠写真を、ここに掲載するはずだったが、隣のテーブルの若い男女が気になって、萎縮してしまう。二人は押し黙ったまま、ジットリと向き合っていた。

そのカップルの前に、鰻はなかなか到着しない。男はうつむき加減でじっと待っている。こんな状況下で携帯電話をいじくっていない若者も今どき珍しい。女の方はタバコをプカプカ。男に気を遣っているのか、横向きに煙を吐き続ける。当然、隣のテーブルにいる私が吹き被る。

カップルは諍いの最中というわけではないらしい。時々、親密そうな会話がポツポツと成立していたから。食事中は無口でも、これから移動するであろう別の場所では、ボディランゲージも含めて雄弁なのだろうか? モウモウたる煙幕の中、二人の行動について顔が赤らむような妄想を膨らませながら、気を紛らわせた。

その後、〈うな重〉を食べつつ、「良いこと」の可能性を探ってみた。今夜の場合は、ご馳走してくれる人が、突然、ここに現れることだろう。それは、「ビールもジャンジャン飲みなさい、今夜は私のオゴリさ」と言ってくれる人だ。

その人はどんな顔なのだろう? タレの滲み込んだご飯を頬張りながら、さらに妄想は縦横に駆け巡った。百通りの顔を思い浮かべ、ついに得た結論は、若い頃の健さん。高倉健ではない。新東宝でスーパージャイアンツを演じた宇津井健だ。私に「良いこと」を施してくれる奇特な人物は、どうしても現実的な存在と結びつかない。

エメラルド彗星から地球を守るためにやってきたスーパージャイアンツの特徴として、まず第一に挙げられるのは、タイツを穿いた下半身のモッコリ。彼はそれを恥じるあまり、さりげなく組み合わせた両手でその部分を隠すようにしながら、こう言うのだ。

「君の代理でレイトショーに立ち会ってくる。白焼きと冷酒でも追加して、ゆっくりしていきなさい」 

そして、颯爽と店から走り出てゆくのだ。

だが、そんな「良いこと」は起こるわけがない。やがて、隣のテーブルの女が食後の一服を始めた。再び吹きつける紫煙に追われるように、私は伝票を持って席を立った。

2005-12-24

何かいいことないか ギララちゃん

渋谷のタワレコ前の交差点で転んだ。信号が点滅していたので、あわてて駆け出した途端の出来事。

きっと大勢の人に目撃されていたに違いない。恥ずかしくて、周囲を見回せなかったが。

手のひらを擦りむいて、血が滲んでいた。その場から逃げるように立ち去って、パルコの地下の本屋のトイレで手を洗った。転んだ時、身体を捻ったらしく、背中も脇腹も痛い。膝も痛いので調べたら、ジーンズのその部分だけが白く擦り切れている。捲くってみたら、ここも怪我をしていた。

今朝、渋谷駅の階段を降りながら、昔、三鷹や新宿の駅の階段を急ぐあまり転がり落ちたことを思い出した。「最近は階段を踏み外さなくなった。すっかり自分も冷静沈着な大人になったものだ」と考えたばかり。もしかしたら、その時、超能力によって、交差点での転倒を予知したのかもしれない。

『宇宙大怪獣ギララ』他のDVDをいただくという「良いこと」があったので、運命の神様が埋め合わせに「悪いこと」を起こしたとも考えられる。

となると、次は「良いこと」があってもいいはず。世間様は楽しいクリスマス。私だって、おこぼれを頂戴できるかもしれない! そう思ったら、少しだけドキドキしてきた。 

(続く)

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